第6回「子育てに『もう遅い』はありません~どの子も育つ共有型しつけのススメ~ 」(3)

講師:内田伸子
(十文字学園理事・十文字学園女子大学特任教授、筑波大学客員教授、お茶の水女子大学名誉教授)

日時:2015年12月19日(土)13:00~15:00
場所:お茶の水女子大学 文教1号館1階大会議室


■3.子どもを伸ばすことばかけ
1)親子のやりとりの観察から

共有型しつけと強制型しつけで親子のコミュニケーションにどんな違いがあるかを検討することにしました。高所得層、高学歴、専業主婦、そしてしつけのスタイルにおいて共有型と強制型が30組ずつ合計60組のご家庭を訪問して、パズルを解く場面や絵本の読み聞かせ場面での親子のやり取りを観察させていただきました。


結果をまとめると、共有型しつけの母親たちは、子ども自身に考える余地を与えるような共感的で援助的なサポートをしていました。子どもに敏感で子どもに合わせて柔軟に調整しています。それに対応するように、子どもは主体的に探索し、自立的・自律的に考えて行動することが多かったのです。


強制型しつけの下では、母親は、子どもに考える余地を与えない、指示的・トップダウン的な介入をしばしば与えています。過度に介入します。情緒的なサポートがとても低く、勝ち負けの言葉が多いのです。これに呼応して、子どもは主体的に探索できなくなっている。子どもはおどおどと、親の指示を待ち、顔色を見ながら行動している様子が窺われます。


強制型しつけのもとではどうして子どもは伸びないのでしょうか。社会心理学では楽しい気分のときには記憶力が高まり、不快なときには記憶力が低下するという結果が出されています。脳科学でも強制型しつけのもとで記憶力が低下してしまう証拠が見出されています。大脳辺縁系のストレスを感じる「扁桃体」で緊張や不快を感じると、記憶を司る「海馬」で失敗例がよみがえり、ほかのことを考えられなくなり、頭が真っ白になってしまうのです。扁桃体がおもしろいな、楽しいなって快感情を感じていると、情報処理の指令を出す「ワーキングメモリー」に情報伝達物質がどんどん送られて、海馬を活性化します。目の前の情報を記憶貯蔵庫にどんどん蓄えることができるのです。叱られながらやった勉強は身に付きませんが楽しく活動しているときには「好きこそものの上手」という状態になり、子どもの学力も伸びるのです。


2)幼児期のしつけ方は小学校の学力まで左右する
この子どもたちが小学校に入り、1年間小学校で学習をした後、3学期にPISA型読解力の1年生版テストを受けてもらいました。幼児期に語彙が豊かだった子どもはPISA型読解力の成績は高いのです。それから、指先が器用な子ども、幼稚園や保育所で造形、つまり、段ボールや紙を使って工作したり、絵を描いたり砂団子を作ったりなど指先をよく動かしていた子どもは、1年生になってからのPISA型読解力の成績が高くなりました。また、幼児期に共有型しつけを受けていた子ども、自由保育で育った子どもの学力も高くなりました。韓国も全く同じ結果でした。


しつけスタイルやどういう保育をしている幼稚園か保育園かを選ぶことができますから、とても希望のもてる結果でした。幼児期の遊びは大人のような仕事に対立するものではなく、主体的に活動することを意味しています。主体的に面白がって遊ぶとき、頭は活発に働いてくれます。遊びを通して子どもはいろいろ吸収しているのですね。


そうすると、文部科学省の幼稚園課が発表した「幼稚園卒の子どもの成績が一番高く、保育所がそれに次ぎ、未就園の子どもが低い」というマスコミ発表には疑問が出てきます。2010年には幼稚園と保育所の役割をあわせもつ「子ども園」をつくることをめぐって、文部科学省と厚生労働省で綱引きをしている時期でした。そう考えてみると、文部科学省の発表は誤った解釈である、あるいは曲解ではないかと思います。私のところに取材に来られた4紙のうち、読売新聞(2010.7.28朝刊)が私のコメント、つまり「幼稚園、保育所の保育の質の違いは小学校6年生、中学校3年までも続くとは考えづらい、世帯の所得格差、しつけスタイル、家庭での親子のかかわり方の違いが、学力格差につながっているのではないか」というコメントを掲載してくれました。家庭の収入は平行移動しますし、しつけスタイルも親が変えない限り続くでしょうから、学力格差につながってくるのです。乳幼児期に、大人が子どもの主体性や内発性をいかに大事にしてかかわるか否かが、将来の学力の差をもたらす原因になっていることが確認できたのです。


3)共有型しつけのススメ
調査によって幼児期の親のしつけは小学校の学力テストに影響することが明らかにされました。まさか、大人になるまで影響は続かないだろうなと考えていましたが、気になって仕方がありません。乳幼児期のしつけの影響力を成人で調べてみたいと思いました。


そこで、2013年に、23歳~28歳までの成人の息子や娘を育てたご家庭2千世帯を抽出して、親は子どもが乳幼児期~児童期に何に配慮して子育てしたか、ウェブ調査をしてみました。


すると、興味深い結果が明らかになりました。受験偏差値68以上の難関大学・学部を卒業して難関試験(司法試験や国家公務員試験、調査官試験、医師国家試験など)を突破した息子・娘をもつ親は、「子どもと一緒に遊び、子どもの趣味や好きなことに集中して取り組ませた」と答えました。また絵本の読み聞かせも十分に行っていたことも明らかになりました(図6)。


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図6.難関校突破組は子ども時代によく遊んだ(内田,2014より)


また、どんなふうに親は子どもに接していたかを尋ねると、子どもとの触れ合いを大切にし、親子で楽しい経験を共有する「共有型しつけ」をした親が多かったのです(図7)。


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図7.難関校突破組は共有型しつけを受けていた(内田,2014より)


では、どうして乳幼児期のしつけが、大人になるまで影響を与えるのでしょうか。親が子どもの自発性・内発性を大事にしていて、子どもが熱中して遊ぶのを認め、「面白そうだね」と共感してくれる。大好きな親に誉められると嬉しいし、達成感も倍加します。小さな成功経験を重ねながら自信もわいてきます。難題をつきつけられても、「きっと自分は解決できる」という気持ちになり、挑戦力もわいてきます。こうして大人になるまで、自分で目標にしたことはなんとか自力で達成することを積み重ねた結果が、難関試験を突破する力が育っていったのでしょう。


以上をまとめてみますと、幼児期の語彙能力と書き準備能力は、小学校の国語学力に影響すると、そして共有型しつけスタイルは語彙得点や国語学力の成績に因果的に影響していることがはっきりしました。


夫の学歴とか家庭の収入は、母親1人ではどうにもなりませんけれども、しつけスタイルは自分でコントロールすることができます。どのような保育を実践している園かも選ぶことができます。


ですから、学力格差や経済格差を反映しているというのは、見かけの相関です。経済格差が真の原因ではないのです。高所得層の家庭では、団欒の時間が多く、文化資源が豊かで、蔵書数も多いのです。親子で旅行に出かけたり、美術館や博物館にも出かけるなど子どもの体験を豊かにする機会も多くなっています。親は子どもの主体性を大事に、子どもを、人格をもった存在として敬意をはらい、子どもの主体性を尊重する「共有型しつけ」になることも多くなるのです。


親の子どもへの関わり方は意識して変えない限り子どもが大人になるまで続くでしょう。そのようなかかわりを通して、子どもの考える力や創造的想像力が育たず、指示待ち族になってしまうものと思われます。


文科省のコメント―保育の質が小中学校の学力を規定するのではなく、世帯収入やしつけスタイル、家庭の雰囲気は小中学校までも持続し、学力・基盤力の語彙の豊かさに影響を及ぼしているのではないかと思われます。


■おわりに―親への提言:「50の文字を覚えるよりも、百の何だろ?を育てたい」
自分から本当にやろうとしないと自分の力にはなりません。自分で関心を持てばあっというまに習得してしまいます。文字は子どもの関心の網の目に引っ掛かってくるにすぎません。肝心なのは文字が書けるかどうかではなく、文字で表現したくなるような内面の育ちであるというふうに思われます。つまり創造的な想像力を育むことが、乳幼児期の発達課題になるであろうと。そこで、保育者や保護者、指導者の皆様に申し上げたいのは、次の5点です。


第一に、子どもに寄り添うと、安全基地になる。子どもとの間に信頼関係をしっかり作り上げることが大事です。


第二に、その子自身の進歩を認め、ほめていただきたい。ほかの子とは比べない5歳後半になれば、展示ルールが獲得され、人目を気にしたり人と比べたりするようになりますから。親はその子自身の進歩を認め、ほめていただきたいと思います。常に、「3つのH」―ほめる、励ます、(視野を)広げる ということばをかけていただきたいと思います。


第三に、生き字引のように余すところなく定義や回答を与えない。


第四に、裁判官のように判決を下さない。禁止や命令ではなく提案の形で言ってほしい。「何々したら」と提案したら、「僕したくない」と、子ども自身で選択する余地があります。このように、子ども自身が主体的に判断して選べるような選択の余地のある言葉をかけていただきたいと思います。


第五に、子ども自身が考え、判断する余地を残すこと。このような働きかけ、つまり大人が子どもの主体性を大事にした関わり方をすることによって、子ども自身、自分で考えるという自律的思考力や、創造的想像力が育つのです。


親は、お子さんが疑問を感じた時、すぐに回答や解説をしないでいただきたいと思います。お子さんがどんなところに躓いているのか、どこに疑問を感じて先に進めないのかをよく洞察してください。お子さんが迷っている点が見つかれば、足場(scaffolding;注:教育心理学者ブルーナー;J. Bruner, 1981)を架けて、お子さんが一歩踏み出せるようにしてあげてほしいのです。


子どもの質問にすぐに回答を与えず、上手に足場を架けたときには、4歳、5歳の幼児でも、まるで科学者がたどるような仮説検証の過程を自力で達成できたというエピソード―渡邊萬次郎さん(昭和38年当時秋田大学の学長・理科教育の専門家)とお孫さんのやり取りをご紹介しましょう。


「これにもお豆がなるの?」
私はかつて幼稚園の二児を近郊に伴った。彼らは「みやこぐさ」の花に注意を引かれたが、その名を問うほかに能がなかった。当時、私どもの菜園には、同じ豆科の「えんどう」の花が咲いていたので、私は名を教えるかわりに、その花を持って帰り、おうちでそれによく似た花を見出すようにと指導した。彼らが帰宅後、両者の類似を見出したときには、小さいながらも自力に基づく新発見の喜びに燃えた。やがて1人は「みやこぐさ」について、「これにもお豆がなるの?」、とたずねた。それは誰にも教えられない、独創的な質問であった。
私はそれにも答えず、次の日曜に彼らに現場で確かめることを提案した。次の日曜に彼らがそこに小さな「お豆」を見出したとき、そこには自分の推理の当たった喜びがあった。秋がきた。庭には萩の花が咲いた。彼らは萩にも豆のなることを予測した。
彼らは過去の経験から、いかなる花に豆がなるかを自主的に知り、その推論を独創的にまだ見ぬ世界に及ぼしたのである。


〔『理科の教育』(明治図書)昭和38年11月号〕


祖父は子どもの質問にすぐに答えてしまわず、3つのH「ほめる・はげます・(視野を)ひろげる」の言葉をかけてあげたのです。足場だけ架けて、子どもがゆっくりと考える時間を与えたのです。


このエピソードのように、子どもが疑問をもち質問したときにはすぐに答えを与えるのではなく、子ども自身に考えさせるように足場を架けてあげてほしいと思います。どこから足場に登るか、足場に登って、どんな作業をするかを決める主人公は、子ども自身なのです。


御清聴ありがとうございました。


○安藤 内田先生、今日の密度の濃いお話に対して改めて感謝を申し上げます。ありがとうございました。


○会場 (拍手)


(了)


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