第6回「子育てに『もう遅い』はありません~どの子も育つ共有型しつけのススメ~ 」(2)

講師:内田伸子
(十文字学園理事・十文字学園女子大学特任教授、筑波大学客員教授、お茶の水女子大学名誉教授)

日時:2015年12月19日(土)13:00~15:00
場所:お茶の水女子大学 文教1号館1階大会議室


6)語りの力の発達―談話文法の獲得

それから幼児期を通して語る力が育っていきます。3歳までに文法が獲得され、5歳後半ごろには「談話文法」(起承転結のような文章の展開構造の構成ルール)が獲得されます。語彙も豊かになってきますと、子どもは長いお話を語るようになります。


5歳10カ月の女の子が絵本作りごっこをしていたときに創った「星を空に返す方法」というお話を思い出して私に語ってくれました。その語りを紹介しましょう。


      「星を空に返す方法」(M.T. 5歳10カ月)
「7月15日はうさぎさんの誕生日です。今日は7月15日、うさぎさんの誕生日だから森の動物たちが集まってきました。
そして、みんなで食事をしているときにケーキの陰から星が出てきました。星はみんなに言いました。『僕ね、空から落っこっちゃったの。だからね、僕をね、空に帰して。』と言ったら、みんなはびっくりしました。『空に帰すって?』『そうさ、僕は空の星さ。』『星?』と、みんなはびっくりしました。そこで、象は言いました。『おれにまかせてよ。』と、象はその星を自分の鼻に入れると、勢いよく飛ばしました。それでも星は、落っこってしまいました。そしたら、今度はみんなで相談をして、うさぎが言いました。『そうだよ。ながーい笹を持ってこようよ。それに星を乗せてあげてさ。そしてさ、また、その笹をさ、伸ばしてさ、空までさ、送ってあげるのさ。』と、うさぎが言うと、みんなは『そうしよう。』と言って、笹を取ってきました。
そのなかでも一番笹が長いのを取ってきたのはネズミでした。ネズミは、手がゆらゆらになって、すごく長い笹を持ってきました。みんなでそのさきに星を乗せると、土のなかに埋めて1日待ちました。そうすると、その笹は、1日だというのに、ぐんぐん伸びて空に届きました。そして、星は空に帰ることができました。
そして、その誕生日が終わったあと、みんながうちで空を見ると、キラキラ光ってる、とてもきれいな星がありました。みんなはその光ってる星を、きっと落ちてきた星だと思ったのです。おしまい。」

(内田,1999;170頁より)


このように、誕生会での出来事、星がケーキのかげから出てくるという事件が起こり、事件の解決に向かって登場人物たちが努力する様子が語られ、みそっかすのネズミくんがお手柄を立てるという構造のお話を語ってくれたのです。


この子だけが特別というわけではなくて、5歳後半過ぎの子どもたちが語る物語には、こういうすてきなお話がたくさんあります。


この語りの中に「1日だというのに笹は天まで伸びて」という表現に注目してみましょう。「のに」、という逆接の接続助詞は、この世にはそういうことはない、「虚構」、つまり「うそっこ」の出来事を演出するために使ったのです。


虚構と現実っていうのを関係づけるためには、カットバックという手法が使われます。ファンタジーでは「夢のなかのできごと」という演出技法が使われます。虚構「夢の中の出来事」と現実が往復できないとファンタジーは楽しめません。


たとえば宮澤賢治さんの『銀河鉄道の夜』ですが、ジョバンニが親友のカムパネルラと銀河鉄道に乗って不思議な旅を体験します。この体験は夢の中の出来事であります。それを示すのがこの部分。「ジョバンニは目を開きました。元の草の中に疲れて眠っていたのでした。胸はなんだかおかしく火照り、頬には冷たい涙が流れていました。目を開きました。眠っていたのでした」とここで、聞いていた子どもは時間を一旦ストップします。「え。眠っていたの。夢を見ていたのか。いつから眠っちゃったんだろう」巻き戻します。「ああ、そうだ。病気のお母さんのために牛乳を買いに来たんだっけ」牛乳屋のおじさんがいなかったから、傍の草むらにこう仰向けに寝転んでおじさんの帰りを待っていました。やがて、満天の星空から汽車がやってきた。そこでジョバンニは汽車に乗り込みます。そうしたら、親友のカムパネルラも乗っていました。「ああ、うれしい」ということで、銀河ステーションやプリオシン海岸等、美しい所を旅してまわります。やがて南十字星が見えたところで、貨車の中のお客さんが旅支度を始めました。心配になったジョバンニはカムパネルラに何度も「一緒に行くよね」と確認します。最初は頷いていたカムパネルラが頷かなくなり、南十字星の下で降りて行ってしまいます。


この作品には、カットバックが実に巧みに使われています。カムパネルラが汽車から降りて行った時間は、物語の現実時間では、いじめっ子のザネリが川に溺れそうになるのを助け出そうとして、カムパネルラも自分から飛び込む、そしてザネリは助け出せたけれども、カムパネルラ自身は亡くなってしまう、その時間に一致させているのです。


7)日本語談話の構造はカットバックが苦手
日本語談話の構造の特徴は、時系列因果(And-then reasoning)です。スタンフォード大学の附属幼稚園や附属小学校の子どもたちに協力してもらって英語を習得する過程を調べていました。いろいろなテストで英語の習得度を調べてみました。「字のない絵本」にお話をつくって語ってもらうという課題を課したことがあります。絵本を理解させた後、母語と英語の両方でお話をつくってもらい、語ってもらいました。


2頁目の蛙が逃げ出すところで、日本語母語話者や韓国語母語話者の子どもは幼児も小学生も、「男の子と犬がベッドで眠っていた。そして蛙がこっそり逃げ出した」というように時系列因果でつなげていきます。それに対して英語母語話者、それから、インド・ヨーロピアン語族―フランス語やドイツ語母語話者の子どもは、「蛙がこっそり逃げ出した。どうしてかというと、男の子と犬が眠りこけていて音に気づかなかったから」「why-so because reasoning」「○○だった。なぜなら、どうしてかというと、○○だったから」という結論先行の因果律で語ることが多かったのです。日本語母語話者は時系列因果、英語母語話者は幼児も児童も結論先行の因果律を使って、論拠を説明するような語り方になります。


しかも欧米ではキンダーガルテン(幼稚園年長組に該当する)からShow and Tell(サークルタイム)の時間に、言語技術(Language Arts)を学びます。パラグラフの構成の仕方や、論拠をあげて説明する表現方法を学ぶのです。日本ではこうした教育をすることはありません。放っておけば時系列談話になりますので、小学生の頃から、事実と意見の書き分けや結論先行型作文教育が必要ではないかと考えています。


8)可逆的な操作は何歳から可能か?
因果律表現を構成する精神操作は「可逆的操作」です。これは因果推論の手段になります。因果律を構成する精神操作のことを、可逆的な操作と呼ぶのですが、何歳ごろから使えるかについてはいろいろな理論がありました。


まず、発達心理学者のピアジェは7、8歳くらい、小学校の中学年くらいからと言っています。哲学者であるイマヌエル・カントは、これは生まれつき、先天的なもので、私たちは出来事を見ると、前の出来事が後の出来事の原因だと思う。原因と結果の関係でとらえる因果スキーマ(因果関係に関する過去の経験や知識体系)の関係をもっていると言っています。発達心理学者のスペルケは生後4カ月くらいになると、前から後ろへという順番にいき、因果関係でとらえられるらしいという実験をしています。


私は談話の文法がいつ成立するかという研究をやっておりましたので、それが成立するのは5歳後半、時間概念が成立するのが5歳後半だというデータをもっていたので、別の仮説をたてました。可逆的な操作が使えるようになるのは5歳後半ではないかという仮説です。二つの場面をつなげるときに、後ろから前へ言語化できるのは、5歳後半過ぎではないかという仮説をたてて、次のような実験をやってみました。


虚構と現実というのをうまく操作できるようになるのは何歳ごろか、夢のなかのできごとが自分の語りのなかでも語れるのは何歳からかを二つの出来事をつなげるという課題を使って調べることにしました。


まず、「マサオちゃんが大きな石につまずいて転んでしまった。そして、血が出て泣いています」「そして」とつなげる。それとこれと比較するために、因果律の語りも取りました。「マサオちゃんは怪我して泣いています。だってさっき大きな石につまずいてしまったからです」後から理由をつけるような語り。この逆向条件から、どうしても時系列になってしまいます。


4歳児は「本当は芽からアサガオになるんだけどな」「でもこっちからお話しして」もうひと押ししますと、「アサガオが小さくなって芽になった」と時系列に変えて語ります。5歳児も「アサガオが咲きました。アサガオが咲いて種ができたので、種をまいたらまた芽がでました」というように時系列に語るのです。幼児期には可逆的操作は使えないのだろうかとあきらめかけたとき、あることを思い出しました。2歳代の終わりごろから、こどもは「だって、さっき○○したから」「だって△△だもん」という表現を使うようになります。反抗する場面や母親に告げ口するときの口調を、この実験場面で思い出してもらうことにしました。例題の絵カードを使いながら、「お人形さんの足がとれちゃった。だって、さっきミヨちゃんとマリちゃんが、両方から引っぱり合いっこしちゃったから」「『だって、さっき○○したから』とつなぎの言葉を入れると、こちらが先でこちらが後という順番を変えず、こっちからつなげられるよ、真似してみて」。3回真似してもらいました。その結果、5歳後半過ぎ、6歳前半の子ども全員が因果律の語りができました。たった3回模倣するだけで、結論先行因果律で語ることができるということは、可逆的な操作はもう獲得されているものと思われます。


幼児期の終わりには、夢の中の出来事を語り、ファンタジーの面白さがわかるようになるのです。また、〔結果〕「まさおちゃんは泣いています。」を語り⇔〔原因〕「どうしてかというと、まさおちゃんは、さっき大きな石につまずいて転んじゃったからです」と後から理由づけることができるようになるのです。ですからお子さんが5歳後半すぎになったら、親や保育者は、答えや解説を与えてしまわずに、「どうしてだろうね?」と子どもに質問を返し、いっしょに考えてみてください。子ども自身に理由や論拠を考えさせるような語りかけをしていただきたいと思います。


■2.学力格差は幼児期から始まるか
1)日本の学力低下について

義務教育の終わりに経済協力開発機構(OECD)が実施した国際学力調査の結果をみると日本の高校生は、論理力や記述力を必要とする課題に白紙答案が多く、アジア諸国では最下位の成績でした。文部科学省が全国の小学校6年生、中学3年生全員(2010年からは約7割が参加)に実施している学力・学習状況調査においても、PISA調査と同様に、論理力・記述力を測定するB問題(活用力)が低いという結果が明らかになりました。


暗記で答えられる基礎・基本的な学習内容はおおむね理解しているのに、PISA調査同様に、活用力、つまり、知識・技能を活用して、思考し表現する力に課題があるという結果が明らかになりました。そこで文科省は主要教科の時間数を増やし、図工や音楽などの表現科目や技術家庭科などのものづくりの時間を削減するということで教育課程を改訂したのです。改訂後の2010年の結果をみると、論理力・記述力は改善しなかったのです。


しかも、2010年には、文部科学省幼稚園課が、幼稚園卒は保育所卒よりも成績が高いという結果を発表しました。幼児教育の大切さを検証した初めての調査だというのです。幼児期から学力格差が始まっているのでしょうか。発達心理学研究室の5年にわたる、日韓中越蒙国際比較調査の結果から検証してみたいと思います。


2)学力格差はいつから始まるか―幼児の読み書き能力の調査結果から
教育社会学者やマスコミは、「学力格差は経済格差を反映している」と述べています。東大生の親が一番金持ちというような結果を発表しています。経済格差は子どもの発達や親子のコミュニケーションに一体どんな影響を及ぼすかに興味をもち、幼児のリテラシー(読み書き能力)の習得に及ぼす社会・文化的要因を明らかにする調査をしてみることにしました。日本・韓国・中国・ベトナム・モンゴル、各国3千名の3・4・5歳児とその保護者全員、それからこの子たちを担当している保育所や幼稚園の先生方全員に短期縦断調査(リテラシー調査)を実施しました。


「リテラシー」というのは、識字とか読み書き能力と訳されることが多いのですが、もともとはラテン語、ギリシャ語を読み解く力といった広い教養を意味しておりました。学校制度が導入されてから、識字とか読み書き能力と、限定的に使うようになったのです。私たちは、読み書き能力だけではなく、文字を書くための指先の運動調整能力や文字読みに使われる音節分解能力、さらに、知能テストの代わりに、「絵画語彙検査(PPVT)」を使って語彙能力も測定しました。


リテラシー調査の結果をご紹介しましょう。71文字の読みの力、また鉛筆で文字を書く準備がどれほどできているかの模写力は5歳後半になると家庭の経済の影響を受けなくなります。ところが、絵画語彙検査で測定した語彙力は加齢に伴い家庭の経済の影響が出てきます(図2)。


家計の豊かな家庭では、習い事をさせているのかもしれません。そこで早期教育の影響を調べてみました。語彙得点に関しては、習い事をしてない子どもよりも、習い事をしている子どものほうが成績が高いのです。しかし、芸術系、運動系、ピアノやスイミング、体操教室に行っている子どもと、受験塾や英語塾に行っている子どもの間に語彙得点の差はなかったのです(図3)。


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図2.リテラシーの習得に家庭の所得は影響するか(内田・浜野,2012より)


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図3.習い事の種類とリテラシーや語彙得点の関連(内田・浜野,2012より)


3)体操教室に通っている子どもの方が運動能力が低く運動嫌いが多い
杉原隆東京学芸大学名誉教授らのグループが実施した全国3・4・5歳児全国9千名の運動能力調査の結果も同様でした。体操教室やバレエ、ダンス教室に通っている子や、体操の時間を設けている幼稚園や、保育所に通園している子どもの運動能力が有意に低く、運動嫌いの子どもも多かったのです。


体操教室やバレエ教室で運動能力が低いのは、①特定の部位を動かす同じ運動を繰り返している、②説明を聞く時間が多く肝心のからだを動かす時間が少ない、③競争意識が芽生える5歳後半ごろになると、他人よりうまくできないと教室には行きたがらなくなる、などの原因が考えられるということでした。


では、運動嫌いにしないための解決策はどうかというと、杉原先生は子どもが好きな遊びができるようにすること、好きな遊びのなかで、登ったり、渡ったり、運ぶ、ぶら下がる、走るのを要請するような環境を設定することが大事だと指摘しておられます。リテラシー調査でも同じ結果が明らかになりました。


4)子ども中心の保育(自由保育)で子どもが伸びる
私たちの調査結果でも、自由保育の子どものほうが一斉保育の子どもより語彙力が高いという結果が出ました。「アプローチ・カリキュラム」と称して、小学校1年生の国語や算数、体育などを、先取り教育している幼稚園や保育所の子どもに比べて自由遊びの時間が多い幼稚園や保育所の子どもの語彙力が豊かであるという結果が明らかになりました(図4)。


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図4.園種より保育形態が語彙力と関連する(内田・浜野,2012より)


5)親のしつけ方は子どもの発達に影響する
さらに、語彙得点が高い子どもは「共有型しつけ」を受けており、語彙得点が低い子どもは「強制型しつけ」を受けていることが明らかになりました。


共有型しつけとは、親子のふれあいを大切に、子どもと楽しい経験を共有したいというしつけ方を指しています。高所得層に多いのですが、分析を進めてみると、低所得層であっても、家庭の蔵書数が多いと子どものリテラシーや語彙得点が高くなります。逆に、子どもをしつけるのは親の役目、悪いことをしたら罰を与えるのは当然だ、力のしつけも多用している、言うこときかなきゃ、ひっぱたきます」と答えているご家庭では、所得の高低にかかわりなく、リテラシー得点や語彙得点ともに低いのです(図5)。


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図5.しつけスタイルと語彙力は関連する(内田・浜野,2012より)


この子たちが小学校に行って1年間学習をした後、3学期に、PISA型読解力の1年生版テストを受けてもらいました。その結果、幼児期に語彙が豊かだった子どもは、このPISA調査の得点が高かったのです。指先の運動調整能力が発達していた器用な子どもも学力テストの成績が高くなったのです。つまり、同じ子どもたちを追跡していますので、相関関係ではなく因果関係であります。幼児期の語彙能力と書き準備能力は、小学校の国語学力に因果的に、因果関係を持って影響を与えているという結論が得られたのです。


さらに、幼児期に共有型しつけを受けていた子ども、自由保育を受けていた子どもは小学校になってから国語の成績が高いということも出てきました。逆に、幼児期に強制型しつけを受けていた子ども、一斉保育で1年生の学習を先取りした教育を受けていた子どもは、国語の成績が低下するのです。つまり、子どもの主体性を大事にする大人の関わりが子どもを伸ばすということの証拠が得られたのです。



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