速記録(大島千佳)

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「Family Ensemble:
子どもの楽器練習意欲促進のための連弾支援システム」

大島 千佳 (株)国際電気通信基礎技術研究所 メディア情報科学研究所)

Family Ensemble開発の背景

 昨年の3月まで12、13年にわたりピアノの先生をしてきましたが、そのときの問題点をもとに今、研究をしております。
 ピアノ教育の現場について、ピアノ教育法については毎月のように雑誌が出され、研究がなされていますが、なかなか家庭内での問題点については研究が進んでいません。例えば、せっかくレッスンでは「もっと音楽的にね」なんていう話をしていても、家に帰れば「ああ、ただ5回弾けばいいんでしょう?」という子どもも多いのです。一方で、全くピアノ経験がない親御さんが「もし子どもと一緒に合奏できたら...」と話す夢をよく聞きます。
 最近のピアノレッスンでは、ピアノ連弾を普通の日常の教材として取り入れるということが行われるようになりました。2人で弾くことによってようやく曲になるのではなくて、子どものパートを子ども1人で弾いてもちゃんと曲としては成り立ち、さらに先生が伴奏をつけてくださるともっと豊かな曲になるような教材が発売されています。このような教材によって子どもの練習意欲が増加したということが言われています。しかし、家に帰れば、ピアノを弾ける人が家族にほとんどいらっしゃらないので、結局1人で弾くことになります。
 「マイナスワン」といいまして、カラオケのように子どものパート以外を録音したものは多く売られているのですが、これらは一方的にただ流されている音楽ですので、子どもが失敗すると最初からまたやり直しになります。また、自動伴奏システムの研究も今進められていますが、確かに子どもに一所懸命ついてきてくれますが、機械と対話をするような段階にはまだ至っていませんので、パートナーと呼吸を合わせることを子どもは学ぶことができません。
 もし家庭で連弾ができたら子どもの家庭内での練習意欲も増加すると思われますし、また親御さんも子どもと合奏するという夢がかないます。そこで研究をしていますFamily Ensemble は親御さんの方だけを支援することによって初級者の子どもと全く演奏経験のない親御さんでもピアノ連弾が可能になるシステムとして開発いたしました。


Family Ensembleの特徴

 初級者の親が初級者の子どもと連弾するためにはいろいろ壁があります。まず、自分のパートの楽譜上の音を楽譜どおりに演奏しなければなりません。それからパートナーの子どもに合わせて演奏をするという壁があり、さらに子どもが初級者であり、また練習途中の曲であった場合には、とても誤りが多いので、その誤りに対応して演奏していかなければなりません。
 Family Ensemble には大きく分けて2つの支援機能があります。そのうちの一つが親御さんのパートの鍵盤を1回押すと最初に弾くべき音が鳴ります。次にキーを押すと次に弾くべき音がなるというふうになっています。
 このときに重視していることは、このMIDIデータがその楽譜の音楽の中でだれが弾いても同じになる音をコンピューターが支援するということです。支援というのは、つまりどの鍵盤を弾いても正しい音が鳴るということで、正解に差しかえているわけです。しかし、そのほかの音量、音調、音の切り方といった、個性にとても依存する部分については、その奏者が演奏したとおりにスピーカーから出るようになっています。これによってキーボードを使っているユーザーさんの音楽的表現の成長の余地があるということが言えます。
 しかし、この機能だけで子どもと連弾しますと、もし子どもが音を飛ばすと、ずれたままになってしまいます。とてもややこしいことになってしまいます。そこで、Family Ensemble では2つ目の機能としまして、子どもがどこを演奏しているかということをずっと追従し、この位置だと判定したら次にお父さんが鍵盤を押すと次の音がなるように設計しています。これによって、子どもが飛ばしたり弾き直しをしたりした演奏誤りにも対応して、少しの誤りでしたらそのまま2人で連弾を続けることができます。
 これによって、子どもはそのままいつもピアノで練習しているとおりに弾き、親御さんは指一本で弾くということができます。


Family Ensembleの実験研究

 実験収録前には、Family Ensemble に支援されない奏者と子どもには、余り弾けてしまうと演奏誤り等がなくなってしまうので、ちょっと弾ける程度まで練習してもらいました。親御さんには収録日まで全く楽譜を見せていません。
 実験収録日は、最初の15分でFamily Ensemble を使用せずに2人で練習をしてもらいました。次にFamily Ensemble を使用して15分間練習します。この練習の様子をビデオ収録しました。このときに必ずFamily Ensemble を使わない方、つまり大変な方を先にしましたのは、これを使ってしまうと余りにも簡単なために被験者の練習意欲をそいでしまうからです。
 その結果、Family Ensemble がない状態の15分間中の連弾の回数をみると、ほとんどのペアが一回も弾けていません。その直後に行ったFamily Ensemble ありの収録では、15分間に14回も弾いていました。Family Ensemble を使っていないときには、子どもが自分のパートを曲全体練習する回数は一回も見られていませんが、Family Ensemble を使うと練習回数が増えています。
 これらのことから言えるのは、Family Ensemble がないときはお父さん・お母さんと一緒に弾くことで精いっぱいで、どのぐらいのテンポだったらお父さんついてこれるかなぁ、やれるかなぁということを気にしたりすることはありません。ところが、Family Ensemble があるときには、自分のパートを全体通して弾いており、これは自分のために練習していたわけです。つまり、この初級者の練習意欲が促進されたということが示唆されています。
 具体的にはこんな対話が行われていました。Family Ensemble を使用しない場合、子どもが「ソは小指でとった方が......」「ああ、そうか、そうか」。で、子どもが父の手をとり「こういけるやろう。はい、どうぞ」「いや、ちょっと待ってよ。え?ソ、ファファファ? いや、こんなん、絶対無理やん」みたいな、こんな会話が15分間行われています。父親に対して音譜に相応する鍵盤の位置を教えることで精いっぱいでした。
 一方でFamily Ensemble を使った場合、2回目の練習を終えて、お父さんが「おまえ、まず練習せえ」と言うわけです。で、子どもがそこで「うん、練習する」と1回練習をし、「よっしゃ、行こう。ええか」。そうすると子どもが「お父さんと弾くとやりにくいよな」と言うんですね。そして、実験収録が終わった後にインタビューしたところ、やっぱりお父さんよりも自分が優位に立てなくなった苛立ち感が出たというわけです。
 Family Ensemble を使用した15分間の練習中に起こったことです。子どもがお父さんのパートを弾きながら「あのー、こう、タンタンタンと弾くと音、途切れるわけよ。うん。だからもうちょっとさー」と言って、もっと長目に弾きながら「お父さんの今のー」って言うと、お父さんが「もっとこう、延ばせって言うの?」と言うわけです。全くピアノを弾いたことがない、さわったこともないお父さんに対してレガートに弾くという音楽的な演奏表現について指摘しているということが見られました。
 それからもう一つ、今度、お父さんの方は、「ここ」と言って付点のこんな難しいリズム(付点8分音符と16分音符の連符)を指さして、「ターンタ、タン?」と言うと「そうそうそう。ターンタ、タン。うん。ここだけ練習する?」と言うわけです。こんな、全く初心者の父親がお互いの演奏がずれているという付点のリズムを指摘して、で、「もっとここを部分練習しようよ」というふうに持ちかけていたわけです。


まとめ

 これらのことから言えることは、Family Ensemble を使うことによって、初心者のお父さんは簡単に弾けるようになったこと、それとともにこの2人が本来の合同練習の目的である、お互いの音楽的なアイデア、プランを出し合って演奏をするというところまでFamily Ensemble は支援することができるのではないかということが示唆されたことです。
 ではなぜこんなに音楽的な表現についての対話が生まれたのでしょうか。まず一つはFamily Ensemble のお父さんの支援方法にあると思います。つまりだれが弾いても同じところはコンピューターが支援するけれども、自分の演奏表現にかかわるところは一切支援しない。これによってお父さんパートも演奏表現の成長の余地が残るわけで、幾ら簡単にすぐ連弾ができるといっても、それでストップではなく、幾らでも練習する余地がある。それによって2人の対話が生まれたと思われます。
 それからもう一つ、お父さんの方の知識の底上げをしてあげたことです。お父さんの音譜を読む知識がないために、まずはすごく基礎的な知識を子どもからお父さんに伝えているわけです。ところが、そこを底上げしてあげたことで、つまりどの鍵盤を弾いても正しい音高列が出るようにしてあげたことによって、子どもはそのもっと上のこと、音楽的な表現に関する知識をお父さんに伝えるようになりましたし、お父さんからもわずかながらも持っている知識を子どもに伝えるというような相互関係が生まれるようになったと考えられます。
 今回はたった15分の収録実験しかやっておりませんで、長期的なことを見ていかないとわからないのですが、期待される教育的な効果としましては、まず、例えば日曜日にお父さんが「ちょっと一緒に弾こうよ」と言って呼びかけることによって、子どもが普通に自然にピアノの前に座るきっかけになると思われます。ずっとこのまま2人で練習をし続けることは目的でなく、それがきっかけになって、「あ、お父さんより僕の方が下手だ」と言って自分で練習してくれれば、その後はもう1人で練習してもらってもいいなとも思っています。
 次に練習意欲の増加です。連弾がうまくいかないということはお父さんのせいではなく自分(子ども)のせいでしかないんですね。それで、自分のレベルを知ることができます。そしてお父さんやお母さんへの対抗意識から練習意欲が増加します。
 そして自分で間違いに気がつくようになります。ピアノレッスンでもそうですが、どうしても間違いは指摘されてようやく「ああ、ドね」とか「あ、レね」と認識するのですが、連弾といいますのは、どちらかが音が間違っていますと、やっぱり気持ち悪いハーモニーになるので「あれ、どっちが間違っているの」と見ることができます。そういう、自発的に自分で改良することができるのが合奏のよさです。
 レッスンで習ったことをお父さん、お母さんに教えることで理解を深めることもあります。先ほどのレガートのことにしろ、多分本人はレッスンのときにさんざん言われていることなのだと思います。それをお父さんに教えることで自分もさらにそこに気をつけようという意識が生まれるのではないかと期待されます。
 今後の課題としましては、お父さんは紙の楽譜、リズム譜みたいなものを見ながら演奏しているので、子どもが最初に戻ったりすると「え?どこに戻ったの」と自分は正しい音を響かせているけれども、どこへ行ったのかすぐにはわかりません。ですから、「ここだよ」なんていうのを示してあげる電子楽譜があればなと思います。それから長期的にこのシステムを使った実験をやってみたいと思っています。

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