第4回「アフリカ子ども学の試み:そのねらいと展望」(2)

講 師:亀井 伸孝(愛知県立大学 文化人類学/アフリカ地域研究)
日 時:2014年4月26日(土)13:00~14:30
場 所:慶應義塾大学(三田キャンパス)南校舎445教室


■私が出会ったアフリカの子どもたち

私がカメルーンでどのような調査をしてきたかをご紹介します。


カメルーンは、南北に細長い国で、南の方は熱帯雨林域に入っています。その最南端地域のピグミー系狩猟採集民バカの集落に、1年以上住み込んでお世話になりました。


バカの人びとは、伝統的な小屋をつくり、森の中を狩猟採集しながら遊動していく生活をしています。最近は政府の指導や貨幣経済も入ってきたことから定住する家も持ち始めて、定住生活と遊動生活を季節によって使い分けています。


以前は学校がなかった地域ですが、カトリックのキリスト教会がフランス語と算数を教える寺子屋のような私立学校をつくり、そこに子どもたちを通わせています。ただ、もともと狩猟や採集の都合に合わせて遊動する人たちなので、その季節が来ると、子どもたちも集団で定住村からいなくなってしまう。教会のほうも、狩猟採集の季節が終わって戻ってきたら続きをやればいいかといったぐらいの、実にのどかな、束縛のゆるい学校教育をしています。


こういう集落に行くと、私は褐色の肌の顔をしていないので、まず子どもたちには気味悪がられます。ギャーギャー泣かれて、最初はつらかったんですが、飴を配ったりして、なんとかなだめます。


ことばも最初は通じませんが、牛や犬、家などの絵を描いて、そのあたりのことばから教えてもらいました。私が「何の絵でも描くよ」と言って、実際に描いてみせていたので、「あれも描いて」「これも描いて」と、みな変わったものを見せに来るといった関係になり、ずいぶんと仲良くなれました。おとなが「うちでヘビがとれた」と言って、血まみれのヘビをぶら下げてきたりしたのにはびっくりしましたが。いずれにせよ、あわててデータをとろうとしたりせずに、まずは体当たりで入っていって、踊ったり、おしゃべりしたり、時間をぜいたくに使っていました。そのうちことばがだんだんわかるようになり、生活習慣がわかりといった感じで、最初はクモの子を散らすように逃げていた子どもたちが、いつしか私のテントの周囲を居場所として使い始めるようになりました。


(ここで、写真にもとづき、熱帯雨林、農村、都市などのさまざまな環境で暮らすアフリカ諸国の子どもたちの生活、教育、労働、遊びなどの様子を紹介する。)



■「アフリカ子ども学」の発足

「アフリカ子ども学」という集まりについて、少しお話させていただきます。


大学時代、私は1年半、先ほどご紹介したカメルーンの熱帯雨林で生活し、その調査をもとにした博士論文を執筆しました。さらに、2010年にその研究をもとにした『森の小さな<ハンター>たち――狩猟採集民の子どもの民族誌』(京都大学学術出版会)という単著を刊行しました。


また、アフリカの子どもたちと森の中で一緒に遊びながら、おもちゃを集めたり、遊びのルールなどを記録したりして遊びのコレクションを続けるなかで、日本など他の地域の子どもたちの遊びと何が同じで何が違うのだろうと関心が深まっていきました。帰国後、日本の子どもの遊びや、ニホンザルやチンパンジーなどの動物の遊びの研究をしている人たちとの結びつきができ、それがきっかけとなって『遊びの人類学ことはじめ――フィールドで出会った子どもたち』(昭和堂)という論集を作っています。これらは、いずれも、子どもたちの日常にこそ学ぶべきものがあると思い、そのような問題意識も込めて執筆したものです。


さらに、その後どのように研究を進めていこうかと考えていたのですが、2010年に、アフリカ日本協議会(AJF)というNGOのスタッフをしている私の知人が、私の本の公開書評会として、「『森の小さな<ハンター>たち』を手がかりに「アフリカ子ども学」を考える: 亀井伸孝さんに子どもたちと過ごす中で感じたこと、考えたことを聞く」という行事を開いてくれました。この書評会の様子は、アフリカ日本協議会の機関誌『アフリカNOW』における「アフリカ子ども学の試み」特集として刊行されました(本稿の末尾に関連ウェブサイトのリンクを掲載)。


公開書評会では、いろいろな分野の方と意見交換をすることで、私が取り組めていない、見落としていることが多くあることに気づかされました。同時に、みなでアフリカの子どもに関して議論する場があるとよいのではないかと、意気投合しました。


そして、翌2011年、さまざまな地域でアフリカの子どもたちに接してきた人たちで、これまで見聞してきたアフリカの子どもたちの状況を発表し合おうと、名古屋に集まりました。これが「アフリカ子ども学を語る会」第1回の集まりで、テーマは「学校」としました。その会での議論を板書にしていき、そのキーワードの中から次の研究会のテーマを選んでいこうなどと、議論が盛り上がりました。



■アフリカ子ども学、その後の歩み

翌2012年には、第2回目のアフリカ子ども学の集いとして「徒弟制」をテーマにした会合をもちました。学校に行かず、親方のところで何年間も手作業を学んで職人になっていくといった育ち方をする子どもたちの話です。


このような成果をたずさえて、2012年の国際人類学民族科学連合(IUAES)中間会議という世界の人類学の大会で、アフリカ子ども学をテーマに分科会も組みました。テーマは「Contemporary African Childhoods(今日のアフリカの子どもらしさ)」です。Childhoodに複数形の「s」をつけたのは、文化的な多様性、いくつものアフリカの子どもらしさがあるのだというメッセージを込めています。


このような取り組みを日本の多くの人たち紹介していこうということで、2013年には第50回日本アフリカ学会学術大会で、子どもの学びと育ちについて学ぼうということで分科会「『アフリカ子ども学』フォーラム:フランコフォン・アフリカの学校教育と『伝統』教育」を開催しました。さらに、やはり現地アフリカでも行事をするべきだろうということで、2013年、セネガルの首都ダカールで、ワークショップ「近代化する社会における子どもたちの教育と仕事: アフリカとアジアの新しい視座」を開き、メンバー3人がアフリカの子どもについての発表をして、アフリカの研究者たちにコメントをもらうという機会も設けました。


2013年のアフリカ子ども学研究会は、「周縁化された子どもたちと教育」というテーマで開催しました。毎回、テーマを少しずつずらしながら勉強会を重ねています(本稿の末尾に関連ウェブサイトのリンクを掲載)。


2014年5月のIUEAS中間会議は、日本が主催者となって千葉の幕張メッセで開催されます。アフリカ子ども学の主要メンバーが中心となって、分科会「子どもの/子どもとの学び: 『学校』における人類学者」の準備を進めています(子ども学カフェ終了後の注:外国人研究者たちをまじえて、実際に分科会が行われた)。



■アフリカ子ども学の関心の広がり

このように議論を重ねる中で、私たちも出発点から少しずつ関心の軸足を広げてきたということを実感しています。


最近アフリカで刊行されたある雑誌の表紙で、「金貨が詰まったアフリカ大陸を前に、中国、ブラジル、インドの首脳が熱い視線を寄せている」という戯画が描かれたことがあります。アフリカに巨大なマーケットが出現することを予期して、いくつもの新興国が経済的な関心、関与を強めていることを風刺したものです。


これまでのアフリカに対しては、イギリス、フランスといったヨーロッパの旧宗主国、そして冷戦期のアメリカとソ連という超大国が介入してきました。しかし、今は中国などの新興国がアフリカの資源と市場に熱いまなざしを注いでいます。冒頭で人口構成についても触れましたが、アフリカの動向は、世界の政治経済の最先端の動向にもかかわってくる重要なトピックであろうと思います。これまでも、私たちの集まりに、アフリカにおける子どもを対象としたビジネスの観点で関心をもち、アフリカの子どもについて学びたいと参加してくれたことがあります。



■アフリカ子ども学のこれから

今後の展望について、少しだけ申し上げます。


私たちがアフリカの子どもに出会うとき、気づいたら「先進国のおとなの目線に戻っている」ということがしばしばあります。その文化を生きる当事者のまなざし――文化人類学では「エミック(emic)な視点」と言いますが――を重視して、擬似的な当事者の立場に立って、その生の声に耳を傾け続けるということが重要だと考えています。


たとえば、「児童労働」というテーマを扱うにしても、それはよくないことだから撲滅すべきである、学校教育の妨げになり、心身にも悪い影響を及ぼすといった指摘があります。確かに事実を言い当てている側面もありますが、生き生きと労働している子どもたちが、実際に現場で何を考えているのかということを、まずは受け止めたいものです。また、おとなになったアフリカの人たちも、かつては子ども時代があったわけで、子どもとして自分たちはどのように感じていたのか、きちんと向き合っていきたいと思います。


アフリカについて紹介するとき、私たちは、アフリカを格下に見ることなく、かといって「手つかずの未開の文化がすばらしい」などと奇妙な持ち上げ方をするのでもなく、同時代の対等なパートナーとして出会っていきたいものです。お互いの社会についての情報を交換し合うことは、究極的には、人間とは何だろう、子どもとは何だろう、学びや育ちとは何だろうといったことを考えるためのよい事例となるに違いないからです。


これからも、研究会やシンポジウムを開催したり、あるいはさまざまな学会や、時にはアフリカ現地まで出かけていって発表会をしたりしながら、情報を集めていきたいと思います。今、私はアフリカの子どもをテーマとした映画作品を集めており、「映画で学ぶアフリカ子ども学」などのアイディアも温めています。有意義な意見交換を続けていければと思っております。


日本の、子ども学にかかわっているみなさん、アフリカに関心をもち、可能であればアフリカまでご一緒して、子どもたちに出会っていただければと思います。そこから何らかの学びのヒントを得ていただくことがあればと、楽しみにしています。


今日はお招きいただきまして、ありがとうございました。


 (拍手)



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