第4回「アフリカ子ども学の試み:そのねらいと展望」(1)

講 師:亀井 伸孝(愛知県立大学 文化人類学/アフリカ地域研究)
日 時:2014年4月26日(土)13:00~14:30
場 所:慶應義塾大学(三田キャンパス)南校舎445教室


○安藤 第4回子ども学カフェを開催させていただきます。


今日、お話を伺うのは、愛知県立大学の亀井先生です。「アフリカ子ども学」というコンセプトで研究会を開かれ、文化人類学、そしてアフリカ地域研究の気鋭の研究者として、カメルーンのピグミー系狩猟採集民の研究などをされています。私は、教育や子育ての進化的な起源に関心を持つようになったときに亀井先生に出会ったのですが、アフリカの子どもというのはテーマが凝集されている領域だと思います。自然と文化との接点というような点でも、日本子ども学会の持っている問題・関心と非常に近いところにあり、多様な聞き方、読み取り方ができるお話になるかと思います。そういう意味で、今日は楽しみにお話を伺いたいと思います。


では、亀井先生、よろしくお願いいたします。


○亀井 皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかりました亀井です。今日は、アフリカ研究の仲間と取り組んでいる「アフリカ子ども学」という試みのご紹介と、私が行ってきたアフリカ熱帯雨林の子どもたちの遊び、教育、暮らしなどのお話をさせていただきます。



■これまでの研究の経緯

私は文化人類学、つまり人間の多様性について学ぶ学問を専門としていますが、研究室の中でではなく、世界各地に出かけていって現地調査をする、フィールドワークをするということをしております。もとは理学部の人類学講座におりました。同僚などはアフリカの熱帯雨林でチンパンジーやゴリラの調査をしているような研究室におりましたので、人間への関心と理解の根っこの部分は生物としてのヒトの普遍性にあり、進化論の延長線上に人間の文化や社会をとらえているような面があります。


もっとも、人間というのは進化の中で定まった生き方をもって人生をまっとうするわけではなく、さまざまな文化的・社会的な要素を習得し、それを子どもたちに伝承していくという形で、文化的多様性が花開く生き物でもあります。その文化的多様性について、私は頭で考えるよりも、一緒に遊んだり、踊ったり、食べたりしながら記録をしていくことが大切だと思うようになりました。


これまでアフリカ熱帯雨林で、狩猟採集民の生活全般を調査し、とりわけ、子どもたちの遊びや生業、狩猟や採集を覚えながら実践している様子を研究してきました。また、ろう者(耳が聞こえない人)たちが世界各地で手話という視覚的言語をつくってきましたが、その中でアフリカのろう者たちがどのような言語を話しているのかといったことについて、言語学的な要素も含んだ調査も行ってきました。


いくつかのテーマで並行して調査をしていますが、共通しているのは、長期で現地に滞在するということです。その際、「参与観察」、つまり生活をともにし、相手の言語を覚え、日常生活の会話やふるまいの中で相手の文化を自然な営みのまま体験を通じて学ぶという文化人類学の主流のやり方を使っています。これまで訪れたのは8カ国ですが、今日はそのなかからカメルーン南部の熱帯雨林域に暮らす子どもたちの話をいたします。



■アフリカ大陸と国ぐに

まず、アフリカがどういう地域なのかについて、簡単にお話しします。


アフリカ大陸は、ユーラシア大陸に次ぐ世界第2の広さを持つ広大な大陸です。アフリカが私たちにとってなぜ重要なのかというときの原点は、私たちヒト、そして、その前の直立二足歩行をする霊長類であるところの人類の発祥の地がアフリカであるという点にあります。ヒトの起源についても諸説ありましたが、今日ではほとんどの科学者が「単一起源説」、つまり、ヒトはアフリカで単一の種として出現し、この数万年のうちに世界中に拡散していったという説を支持しています。言いかえれば、私たちは熱帯アフリカの乾燥帯に適した身体や行動の特徴をもつ生物として出現したのだということです。


アフリカには現在、55の国・地域があります。ただ、アフリカを学ぶ上で、国境に過度にとらわれるのはあまり適切ではありません。というのは、多くのアフリカの国ぐにが独立したのが1960年代頃と、比較的最近のことだからです。


20世紀初頭のアフリカの地図を見ますと、当時はフランス、イギリス、ベルギー、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルの7カ国の植民地に分割されていました。アフリカ分割・植民地化は、それ以前のアフリカの国家や制度を無視する形で行われ、その痕跡が現在の国境となっています。ですから、アフリカを知るときには、国境を1回取り去って地域特性を学んでいくといった視点も重要になってきます。


アフリカ大陸をどこで区切るかという時に、まず、北アフリカとサブサハラ(サハラ以南)アフリカという2つの地域に大別してとらえることが一般的です。世界最大の砂漠であるサハラ砂漠が自然の障壁となって人や文化の往来に影響しました。サハラ砂漠の北側はアラブ系の人たち、サハラ砂漠以南にはアフリカ系、つまり黒人系の人たちが多く暮らすというふうに、まず2つに分けて理解することができます。



■多様な気候、植生、文化

次に、アフリカを考える上で、気候や植生の多様性も見逃すことができません。大陸の中央部の赤道直下のあたりに熱帯雨林が広がっていて、そこから周縁に向かって乾燥の度合いが進んでいきます。非常に湿ったアフリカもあれば、乾いたアフリカもあります。人類がどこで出現したかは諸説ありますが、多くの霊長類が暮らしている熱帯雨林ではなく、乾燥した東アフリカあたりで二足歩行を始めたのではないかなどの説が唱えられています。


砂漠もあれば、見晴らしのよい草原であるサバンナ、たとえばシマウマが駆け回りキリンが草をはむといったサファリパークのようなイメージのところもあれば、緑に覆われた熱帯雨林もあり、そうしたさまざまなところで、たとえば熱帯雨林の中でカカオをつくる農耕民もいれば、乾燥地で家畜とともに生活している人たちもいますし、高層ビルが林立する大都会もあります。


この環境の多様さに適応したさまざまな文化を身にまとった人たちが、それぞれの環境に適応した生業活動、たとえば狩猟、採集、漁労、牧畜、農耕といった活動で食物を得て、生活を営んでいます。最近は、特に沿岸域を中心に人口の集中が起こって、経済開発の成果などとも相まって、都市部で暮らす人たちも増えてきているという状況です。


アフリカの多様性を考えるときに、言語もひとつの側面となります。アフリカには多くの民族諸語が分布しており、その数は約千種類以上とも言われていますが、同じ国家の中に20も30も言語があることが一般的です。


では、どのような言語で国民国家を営んでいるかと言いますと、さまざまな民族諸語がある地域に、ある程度共通する地域共通語というのが生まれます。さらに、そこに植民地化のプロセスで英語やフランス語といった共通言語が教育でもたらされ、行政や司法、経済、教育などの分野では今日も英語やフランス語が用いられているという状況があります。


さらに、宗教的にもアフリカは非常にモザイク状の世界です。おおざっぱに言えば、北から東の沿岸にかけてイスラム教、中部から南部にかけてキリスト教が分布します。これ以外にもさまざまな伝統宗教が存在していています。


つまり、「アフリカの子ども」と一口に言っても、いろいろな社会があります。毎年アフリカだけでも何千万人と子どもたちが生まれていますが、それぞれ異なる文化の中で育ち、学んでいるということです。



■バイアスのある「アフリカの子ども」のイメージ

日本社会に暮らしている私たちが「アフリカの子ども」をイメージすると、まず飢餓でやせ細った子どもや、児童労働、性暴力、死亡率の高さ、女子割礼、さまざまな暴力や政治経済的な抑圧の中で苦難にさいなまされている子どもたちというイメージが浮かんでしまうかもしれません。しかし、実際、アフリカのさまざまな社会に分け入って学んでいると、こういう側面が皆無とは言えませんが、すべてではないという側面も見えてきます。このイメージと実態のずれに、私は違和感を覚えるようになりました。これが、「アフリカ子ども学をやりませんか」と仲間に呼びかけたひとつのきっかけです。


国際NGOやマスメディア、社会貢献活動をしている企業などが、ポスターや広告にやせ細った黒人の子どもたちを使いたがる傾向があります。おそらくそこには、援助や寄付行為などの事業を円滑に進めたいという意図があるのでしょうが、それによってアフリカの子どもたちのイメージが特定の方向に導かれてしまっているということを、私たちはまず知る必要があると思います。そもそも、こうした困難な状態にアフリカの子どもが置かれているというのは、多くの場合、おとなが原因をつくっています。その原因をつくっているおとなたちが、子どもたちを無力な存在、弱い存在というようなイメージで描いてしまっている。おとながおとなのために子どもを利用して、またおとなのために勝手に納得しているといった図式に見えてなりません。


それから、先進国の物差しをアフリカにあてがって、ここまでしか達成していないという未達成の表現をしてしまいがちですが、そもそもの物差しが違う者どうしとして、もっと対等に出会うことはできないのかなということを考えていました。


逆に、「いやいや、アフリカの子どもはそんなに大変ではなくて」と言いたいあまり、「素朴な笑顔」「輝く瞳」などの情緒的な表現で語ることがしばしばありますが、それも、手前勝手な理解に陥ってしまいがちではないかということを考えていました。



■人口が急増する大陸

国連が示している人口推計を見ると、アフリカは鮮やかなピラミッド型をしています。日本が戦後、高度成長期に向かう20世紀中葉あたりに示した人口爆発の時代と似たような形をしており、今なお人口が増加しています。


世界で人口の多い国トップ10を見ると、現在はナイジェリアが7位に入っていますが、40年後には1位のインド、2位の中国に次いでナイジェリアが3位になり、エチオピアもトップ10に入ってくる。そして100年後には、人口トップ10のうち5カ国までをアフリカが占めるといわれています。ということは、世界経済にもアフリカという大きなマーケットが出現するわけです。アフリカにいる子どもたちは、決してか弱く痛々しい存在ではなく、むしろ、今後の世界を牽引する存在になっていくのではないかという見方もできます。


前置きが長くなりましたが、アフリカの子どもたちとは、マイナーな地域のマイナーな人たちではなく、まさに私たちが今しっかりと目を見開いて、出会って、そこから多くを学ぶべき相手であると言えます。人口の半数近くが若年層であると言われている若い大陸を理解するためには、子どもたちのことを学ぶことが欠かせません。そのためにも、日常生活の普段着のアフリカの子どもに出会うという試みがあってよいのではないか。そういう思いで、マニフェストを書き、仲間を集めて、「アフリカ子ども学」という集まりを始めました。



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