第1回 「進化生物学から見た"子ども"と"思春期"」(1)

講 師:長谷川眞理子(総合研究大学院大学教授)
日 時:2013年5月12日(土)13:00~14:30
場 所:慶應義塾大学(三田キャンパス)南校舎6階、465番教室


ヒトという生物は、脳重が体重の2パーセントにも達する、寿命が非常に長い、蓄積的で発展的な文化を持つなど、他の生物には見られないいくつもの特徴を持っている。離乳はしたが決して一人前ではない「子ども期」という生活史の段階を持つことも、そのような特徴の一つである。これらの特徴はみな、緊密に関連しあっている。「子ども期」がどのように特殊であるのかを、その次の生活史段階である「思春期」と合わせて検討する。


■はじめに

総合研究大学院大学の長谷川でございます。



私は、ヒトという生物がどのように進化して、現在の体や脳を持つようになったのかということを研究する人類学の出身で、博士号の研究としては野生のチンパンジーの研究をしておりました。チンパンジーとヒトがどのように分かれて、どこがどうヒトになったのかということを解明するのが研究の目的ですけれども、チンパンジーにはあまり興味が向かなかったので、博士論文を書いてすぐやめてしまいました。その後はずっといろんな動物の行動の研究をしてきましたので、動物の行動学とか、行動生態学という話だと、皆さんから質問をいただいても答えていく自信があるのですが、子どもというのは、私、ダメなんです。なぜなら、自分で子どもを育てていないし、私自身も一人っ子だったので、子どもの頃から自分より小さい子どもに接した経験がないのです。ニホンザルとか、野生のチンパンジーとか、シカとか、ヒツジの成長の研究をしていたので、動物の子どもならまだわかるのですが、ヒトの子どもは自分でイマジネーションがなかなか湧きません。ですので、話題を絞って提供した中で、皆さんのご質問とか疑問に応えながら、いろんなことに発展させていきたいと思います。



■ヒトの特殊性としての子ども

いまお話ししましたように、私は人類学系から来ておりまして、また、夫が心理学を研究しておりますので、一緒に、進化的な考え方からヒトを理解しようということで、この20年ぐらいやっております。小林先生がおっしゃってくださった進化心理学系のことをやろうとしているわけですが、心理学というのも私のもともとの専門ではないので、ちょっと知識は偏っております。


進化生物学は、生物一般がどのように進化するかというメカニズムその他を研究する学問ですが、一般論からすると、ヒトってすごく特殊なんです。動物学者のなかには、ミミズだって何だってみんな特殊である、スズメはスズメなりに特殊だし、線虫は線虫なりに特殊だから、ヒトだけが特殊だというのはおかしいという意見を言う人がいて、それはそのとおりで、すべての種はユニークなのですけれども、私は哺乳類全体としてのトレンドとか、霊長類全体のトレンドという観点から見たときに、ヒトというのは絶対特殊だと思うので、その特殊性がどこから来たかという研究をしたいと思っております。


なかでも、ヒトが霊長類のトレンドから外れている特殊性は、子どもというものがいることと、思春期があることです。


思春期については、今日は余り大きな話はできません。新学術領域の大きな研究費を去年からいただきまして、私と東大の精神科の、統合失調症その他の精神疾患について研究されている笠井先生を中心に、思春期というものを進化的にとらえて、いろんな精神疾患がどうしてできてくるのか、それを改善するにはどうしたらいいかということについて5年間で研究することになりました。すごい大がかりな研究で、まだ始まったばかりですが、その辺のこともできれば話したいと思います。



■生活史戦略のトレードオフ

子どもとか、思春期とか、大人とか、赤ちゃんとか、そういうものは生活史の段階です。生物学では、生まれてから死ぬまでの時間配分やエネルギー配分等のあり方を生活史、ライフヒストリーと呼ぶんです。最初にドーンとエネルギーを使ってしまって、すぐ死んでしまうのもあるし、次の年に余力を残しておいて長生きするというものもあるし、いろんな戦略があります。エネルギーをどのくらい体に投資するか、し続けるか、し続けないかということで、体を大きくするか小さくするかも生活史戦略だし、すごく早く成長するか、ゆっくり成長するか、毎年つけ加えていく分を多くするのか少なくするのかということもあります。


子どもを産むということも、また子どもの数を多くするのか少なくするのかということも戦略として分かれます。そして、1回繁殖なのか、複数回繁殖なのかも配分できます。それから、産んでしまった子どもに対して、親から子へ育児投資を全くしない、産みっぱなしか、ちょっとだけ世話をするのか、それともたくさん世話をするのかというふうに、エネルギー的・時間的な親のインベストメントも、大きいものから小さいものまでいろいろあります。そうすると、それぞれの段階でどのくらい生存するのかも決まってきまして、少ない投資で小さい子どもだと死にやすくなりますから、死亡率が上がるし、大きい子どもでたくさん投資をすると生存率が上がります。要はトレードオフなんですね。


生活史戦略で大事なのはトレードオフで、すべてを満たす最大化というのはできないということです。限られた時間で、限られた量のエネルギーしか投資できないわけですから、多産にしたら多死になるし、少産にしたら少死になる。1個が大きくなると数は少なくなるし、数をたくさんにすれば1個が小さくなる。さまざまな面でのトレードオフがあります。


サケや一年草の植物は、持っているエネルギーを1年の最後に全部出して死んでしまい、来年というのがありません。1年繁殖というのは、来年はゼロになるわけです。それに対して、今年はこれだけにして、来年の生存に使えるエネルギーをとっておいて、来年になったらまたそこから繁殖に少し回してというようにやっていくと、毎年産むということができるわけです。


最近、生態学ではあまり言わないのですが、トレードオフを考えると、大ざっぱにr-Kという2つのタイプがあります。昆虫などがそうですが、r型は体重が小さくて、多産多死で、成長速度が速いものは、予測不可能な、ランダムな環境飽和状態に住んでいる。だから、空きが見つかったら、わっと増えることができる。そのような動物は、たくさん産んで、たくさん死んで、明日は明日の風が吹くで、世話も余りしない。


それに対して、体重が大きくて、少産少死で、成長が遅いものは、大体、飽和環境に住んでいる。収容力がいっぱいのところにいて、変動が少なくて、増加率は低い。哺乳類はだいたいKで、霊長類、特に類人猿が強いK型だと言えると思います。でも、哺乳類の中でもばらつきは大きく、有袋類のアンテキヌスは、1年に1回しか繁殖しなくて、オスは1回繁殖で死にます。メスは都合がよかったら2年目も繁殖するんですけれども、オスは繁殖期になるとオスオス競争といろんなストレスで、毛も抜けて、目も取れ、指も折れてしまって、全滅。だから、最後の年に生きているオスを見つけることができません。ですが、一般に有袋類は、1産1子で子どもを大事に育てます。


サル類、霊長類というのは、非常に強いK型なんですね。体重が大きくなればもちろん成長が遅いし、寿命は長いしというように、ゆっくり投資をする。そうやって大きくできたものは、それから先に使うから、全部が長いんです。妊娠期間も体重の割には一番長いし、初産年齢も体重の割には一番遅いし、寿命も体重の割には一番長い。ですから、私が調査していたチンパンジーなども含めて、動物界としては最も長い時間をかけてゆっくり育てるというのがサル類なんです。



■ヒトの成長プログラム

その霊長類の成長プログラムを哺乳類全体と比べると、まず胎児があって、赤ん坊があって、大人があるというのは、どの哺乳類も大体似たタイプなんですが、そこに子どもと、若者と、老後というのが入っているのがヒトの特徴です。


子どもというのは離乳後という意味で、離乳後で性成熟開始以前を子どもと呼びます。その他の哺乳類では存在しません。また、若者というのは、性成熟は開始しているけれども、まだすぐには繁殖にいかない、こういう時期があるというのも、多くの哺乳類には存在しません。チンパンジーやゴリラには多少この時期がありますが、哺乳類一般は、こういう時期はスッと通り抜けて、あっという間に大人になるわけです。また、老後というのも、哺乳類全体としては普通は存在しません。死の直前まで繁殖が可能で、繁殖終了が死に時です。だけど、人間は繁殖終了後の時間が、それまでの2倍ぐらいあることがあるのです。これがヒトの特徴です。


ヒトは、子ども、若者、老後という非常に長い期間を持っている不思議な動物です。子ども学会はここに注目しているわけです。しかし、子どもというのを取り出すだけではなくて、生活史戦略全体としての成長プログラムがどう配分されているかを考えたときに、ヒトというのは、この3点が非常に長く延びているということが特徴であると思います。



■ヒトの赤ん坊期・子ども期

赤ん坊というのは、栄養と保護とを完全に母親に頼っている時期で、この時期は哺乳類のお母さんたちはみな大変です。ただ、人類学的、進化生物学的に見て、ヒトの赤ちゃんがすごく変わっているのは、ものすごく体脂肪が多い点です。普通、こんなに体脂肪の多い赤ん坊はいないのです。何でこんなに体脂肪が多い赤ん坊が産まれるのかは、まだ謎です。どなたか答えをご存じの方いらっしゃいますか。


    会場: 松沢先生が、ほかの哺乳類は常に抱いていなくちゃいけないけれども、人間の赤ちゃんだけは体脂肪が多いので、あお向けに寝かすこともできるということと、体脂肪が多いからすぐに冷えないからということを、この間、言っておられました。1つのスペキュレーションです。

長谷川: まったくスペキュレーションしかないのですよ。 人間は体毛がないでしょう。だから、赤ん坊自身がつかまるところがないし、サル類のような握力もない。また、5本指が全部前を向いた足ですから、1指対4指でつかむこともできないですよね。さらに、人間は2本足で直立二足歩行をしているから、上に乗せることもできない。私は、ヒトが作った最初の道具は、石器でも掘り棒でもなく、赤ん坊のスリングだと思うんですよ。両手で赤ん坊を抱えていたら不便だし、置いておくわけにいかない。だから、きっと昔から、何か背負うものを持っていたに違いない、と。でも、何か作業をするときには置いておかなければいけないから、確かに冷えるということはあるかもしれないですね。あと、親の愛情を引き出すという意味で、ぷくぷくと体脂肪の多い赤ちゃんが選ばれていったということも言われています。でも、わからないです。


   

子どもというのは、栄養、移動に関しては自立しているが、心理的保護面においては母親に頼っているというのが、動物での「子ども」の定義です。ニホンザルもチンパンジーも、離乳さえ終われば自立します。1人で動くし、1人で群れの移動についていくし、1人で巣をつくって寝るし、1人で全部食べますから、母親から子どもへの食料エネルギーの流入はありません。でも、まだ心理的に親がいないと嫌なので、お母さんにくっついているし、そこでお母さんが死んでしまうと、死亡率がガッと上がるという意味で、栄養、移動に関しては自立しているけれども、心理的に自立していないという意味で、子どもという言葉が使われています。それが、ニホンザルでは1~3歳、チンパンジーは5~10歳ぐらいだろうと言われているのですが、その年齢で、ヒトは全然自立していません。ヒトの子どもは、3~7歳が準備の間で、7~12歳がチャイルドフッドなどと分けたりしている人もいますけれども、とにかく離乳が終わったからといって全然終わらない。


チンパンジーは体の大きい大型類人猿で、388㏄と霊長類の中で一番大きい脳を持っていますが、大きい赤ん坊を育てるために、母親は子どもが5歳になるまで授乳しています。一方、ヒトの子ども、アフリカの狩猟採集民などの子育てを見ていると、子どもが3歳になる頃までしか授乳しません。平均で、2年10カ月ぐらいで離乳してしまうんです。人間は最終的に脳の大きさが1,200~1,400㏄になり、体重も65㎏ぐらいになるにもかかわらず、赤ん坊の離乳が2年近くも早い。これはあり得ないことです。ヒトは、赤ん坊の時期が短く、それに対してめちゃくちゃ長い子ども期というのがあるのです。本来なら、赤ん坊期というのはもっともっと長くあるはずで、そこでたくさん母乳をあげなくてはいけないのに。


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