速記録(竹村真一)

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「ママネット;ITを活用した子育て支援環境デザイン」

竹村 真一 (京都造形芸術大学)

最初にお断りしておかなければいけない点が2つあります。まず、私は子育て分野の専門家ではなく、専門は文化人類学でして、社会科学的な観点とITの社会的な利用というものを少し結びつけて社会実験的なプロジェクトをいろいろやっています。その過程で、インターネットや「ケータイ」を応用したシステムを、例えば子育ての現場に応用したときにどんな可能性があるのかを諸先生方と検討を始めました。これは大いに可能性があるんじゃないかやってみようということで、昨年の秋からプロジェクトを立ち上げました。その基本的なシステムそのもの、プロトタイプは私たちで準備していますが、実証実験は昨年末から細々と始めたばかりです。ですから、今日の発表は成果発表ではなく、むしろ、こういうシステムが子育て支援に応用された場合にどんな可能性があるだろうか、そういうことの御意見を逆に専門の皆さんからいただきたいのです。ですから、私自身が、専門の立場ではなく、一つの、システムデザインの提案としてさせていただく、そして、実証実験の成果というよりも、その可能性について少しインタラクティブな議論をさせていただく、あくまで触媒として活用いただければという、その2点を御了解いただいた上で、発表させていただきたいと思います。

私たちの認識としましては、このプロジェクトの背景としては3点あります。

一つは、母子の社会的孤立感です。この表現が適切かどうかわかりませんが、しばしば、子育て環境で、近くに相談できる人がいない、あるいは近くに相談できる人がいても、逆に近親者とか地縁関係のある方々にはなかなか本音はさらけ出しにくく、地方や郊外の方々は、自分の近所に相談できる人がいないわけではないけれども、つい遠くの町まで行って、いろいろとそういう人を探すという話も聞いたことがあります。一般化はできないかもしれませんが、やはり対面的な環境において近しく相談できる、子育て問題を共有化できるコミュニティーがあるなしにかかわらず、今、ある種の閉塞状況があるのかもしれないということが考えられます。

次に、そういう方々が相談すべき問題点を持っているということだけではなくて、そういう子育ての現場にいる方々は、非常に生きた知恵を持っていらっしゃるわけですね。一人一人の子育てのプロセスから出てきた経験、資源、あるいは先輩のお母さんとして答えてあげられるものが非常にたくさんある。しかし、それが社会的にお互いに有効に交換されたり、共有化されたりするプラットフォームが十分にないのではないかと思われます。そうしたときに、ITの可能性が浮上してくるわけであります。

インターネットの可能性というのは、これまでのブロードキャスト型のメディアとは違って、一人一人が自分自身の個人的な体験──それはまあ、ジグソーパズルに例えれば、一つ一つのピースのように断片的な知識かもしれない、専門家のように包括的な視野を持っているわけでもなければ、個人的な体験ということで、一般化できる度合いは少ないかもしれない。しかし、ある人の経験のピースは、ほかのだれかにとっては大変うまくはまるピースであるかもしれないのですね。あるいは、一人一人のピースがつながり合っていったときに、非常に大きな、新たな知の全体性というものが生まれる可能性がある。これは、今までの専門家を中心にした知識の形成過程とは全く違う、ボトムアップの、生きた暗黙知のデータベースをつくっていける可能性がある。インターネット時代の可能性というのは、私はその辺にあるのではないかと思います。

そしてまた、非対面的なコミュニケーションゆえの自由。先ほど言いましたように、対面的なコミュニケーションに、逆の意味でいろいろな心理的な制約があるとしたときに、インターネット空間でのみ自分の本音がさらけ出せるとか、本音を言いながらコミュニケーションができる友達を見つけることができるというような例も、一方では多々、報告されています。ですから、その辺の可能性をどうすくい取っていけるか。また、現実問題として、子育て環境でいつも子どもさんを抱いていらっしゃるお母さんにとっては、本当に一日、一日が戦争のような状態で、そこではもう、友達とのケータイメールのやりとりのみが唯一の社会的な窓、社会的なコミュニケーションの回路になっている。そのように、唯一の社会回路としてケータイコミュニケーションを重用しているような状況があるのであれば、確かに、子育て中の母親がケータイをやるのはけしからんとか、電磁波の問題をどうするんだとか、危惧されるところは多々あるとは思うのですが、しかし、一方で、もっともっとそれを有効に利用する、活用していく方向があり得ないだろうかということを考えるわけですね。

もちろん、そういう形でのIT利用が、全くされていないわけではありません。そういう現場の知、一人一人の暗黙知が発掘されてくるようなメディアとしては、パソコンベースの掲示板があります。例えばある人が相談事を書き込み、先輩のお母さんとか専門家がそれに対して答えるといったような、掲示板は多々あります。ありますけれども、まず、パソコン環境になじみのある方ばかりではない。また、そうやって子どもさんといつも戦争状態にあるようなお母さんが多い中で、パソコンを開いてゆっくり掲示板に書き込んだり、ほかの人の掲示板の書き込みを見たりする余裕があるお母さんの方が多分、少ないであろうということも問題になります。ということは、パソコンベースの情報環境であることそのものが非常に大きなハードルあるいはバリアになっている可能性があるでしょう。

やはりパソコンを子育ての現場に持ち込むことは難しい。子どもが、ぎゃあぎゃあ遊んでいるとき、特に先ほどのような体当たり的なコミュニケーションをしているところで、パソコンというのはあり得ないわけですね。しかし、ケータイというのは、ほとんどのお母さんが現在、自分のハンドバッグあるいはポケットの中に入れていて、子育てのほんとにリアルな現場においてもコミュニケーションツールとして役立つ可能性がある。今までのパソコンベースでは、パソコン環境と遊ぶ現場とが分離していたためにコミュニケーションの即時性がなく、例えば、あるすばらしい体験があった、すばらしい発見があったときも、それを書き込んだり、情報共有をしたりするのは、夜、子どもが寝静まってからでした。ケータイを活用することによって、その、時間的にも空間的にも分離していたものを近づけていける可能性があるのではないかということですね。

パソコンベースの掲示板の場合、時々、写真添付可能なものもありますけど、ほとんどがテキスト中心の、文章中心のやりとりですから、直観性や楽しさという面で、ほんとにこの掲示板に参加する方々が万人に開かれている状態にあるだろうかということも問題になります。

私たちが提案するのは、第1に、パソコンベースではなくケータイを活用していこう、そしてまた、ケータイの「写メール」という機能──「写メール」というのは固有名詞ですから、本来「ケータイ写真」と言った方がよろしいかもしれませんが──を使って、直観性や楽しさを重点にしていこう、そしてそういうものが即時的に共有化されるような仕組みをデザインすることで参加感覚を高めていく。こういうことを考えております。実際、どういうことをやっているかというと、大きく3つの柱があります。第1に、ケータイで投稿したものが非常にダイナミックな形で共有化されていくような掲示板、第2に、ケータイ同士でメールがリレーされていくような仕組み、そして第3に、それが現場性をもって臨場感をもって可視化されるようなツールです。この3つのあり方について、具体的にご紹介したいと思います。

最初にお断りしましたように、ここで実例としてお見せするのは、私たちのチームが一つの社会的なIT活用の事例としてこれまで実践してきたものではありますけれども、子育て分野で実現したものではありません。ですから、例えばこういう仕組みが子育て環境に応用されたらどうだろうかという、まだ可能態の御提案としてあくまで聞いていただきたいと思います。

「100 万人のキャンドルナイト」という、一昨年の夏至から、夏至、冬至の夜に2時間、電気を消そうという呼びかけをしてきました。全国で数百万人規模が毎年、参加している。環境省の発表によると、そういうことになっておりますが、余りにも多くの方々のリアクション、賛同が多いものですから、それを実際にリアルタイムに可視化して、共感のウエーブの広がりを目に見えるようにしてみようということを考えまして、こういう仕組みをつくりました。(中略)こういうシステムをこれまで2年間、実践してきていますが、多くの方々から、自分は本当に自発的に賛同してこのプロジェクトに参加しようと思った、2時間、電気を消そうと思ったけれども、同じような思いでいる方が全国にこれだけいるんだということを、これで見ることができると。しかも、これは、ずうっとあけていますとリアルタイムに反映されていきますから、しばらく見ていると、あ、また鹿児島で灯がついた、北海道で灯がついたというふうに、どんどん、どんどん、リアルタイムに人の気配を感じられる。「オンラインプレゼンス」と、私は呼んでおりますけれども、他者の存在の気配を実感できる。

これを、子育てに応用した場合にこういうことが可能かどうか。まだまだ非常に大きなハードルがありますけれども、例えば「夜泣きマップ」という形で、夜泣きで、悩んでいるお母さんが、その瞬間、子どもの「写メール」をぱっと撮って送ると、その瞬間にあの日本列島に、こういう形でぽんと出てくる。別のお母さんが投稿すると、ぱっとそれがまたあらわれてくる。こういうことも考えられる。

ちょっと説明がおくれましたけれども、これはどのような形で日本地図上にプロットされるかといいますと、投稿の際に自分の居住地の郵便番号を入れていただくんです。名前も住所も入れません。ですから、プライバシー情報は全く入りません。自分のメッセージと写真と、そしてタイトルに郵便番号7桁を入れていただくだけで、その方は大体このあたりの居住者であるというのを自動的にサーバーの側で判断してマップに可視化していくわけですね。山形県何々町で赤ちゃんが今生まれたというと、ここにポンと飛び出てくる。そういう形で、少子化、何するものぞ、これだけ祝福を受けた子どもたちが毎日、生まれているんだということが可視化されてくるような環境があってもいいのではないか。これがまず第1の提案です。

次に、さあ、しかし、ここで問題になるのは、パソコン上でこういうふうに雄弁に見えるのはいいけれども、先ほどから申しているように、パソコンを開く時間そのものがないお母さんが多い、あるいは、ケータイは使うけれども、パソコンはちょっと使えませんというお母さんもたくさんいらっしゃるでしょうということです。そこで、次に提案したいのは、パソコンがなくても、ケータイだけで完結できる楽しみ方があってもいいのではないかということです。(中略)ユーザー自身の提案によりテーマ別掲示板を設定して、そういう一つのコミュニティー感覚の場を、パソコン上でも見られますが、ケータイだけでも自動的に閲覧できる──リレーされる仕組みをつくる。

最後に、先ほど、ケータイからの投稿が日本地図上に可視化される、そして、ケータイだけでもリレーという形で成立すると、2つ、申しましたが、最後に、さらに子育ての現場で、半ば公的に、特定多数の間で一つの場が共有されているような場合がありますが、そこで、門を入ったところに例えばこういうボードが常にあると......。

例えば子育て支援の現場、「集いの広場」でも保育園でも、どこでもよろしいかと思いますが、こういうボードがあって、その場で子どもさんをパシャと送って、わっと子どもが主人公になるような仕組みをそこにしつらえる。

なおかつ、これのいいところは、もう一つ、ここにきょう、来たいけれど、来れないお母さんも、どこか自分の家とかほかの場所から自分の子どもさんの「写メール」を送ったら、ここにフワットとあらわれてくるわけですね。それによって、今、この場に不在のお母さんも、一緒にこの場を共有しているんだというような空気がつくれる。そういう一つの共在感も演出できるというメリットもあります。

こういう複合的な仕組みを駆使しながら、何かそういう子育て環境を支援していけるようなもの──私はそういうものを「ソーシャルウエア」と呼んでおりまして、ハードウエア、ソフトウエアはもう十分だ、それを社会的にどう活用していくかというソーシャルウエア開発が必要だと思っておりますが、子育て支援環境のソーシャルウエア開発としてこういうことができないかと思っている次第であります。

その経緯については詳しくは述べませんけれども、もともと内閣府から子育て支援環境が何かできないかという御提案もありまして、私なりに考えたこういう仕組みを、こういう先生方に御提案して、今、共同プロジェクトとして少し始まっているところです。

皆さんから、こういうものをお聞きになって、いや、もっとこういうところを入れたらいいんじゃないか、こういう場に応用したらおもしろいんじゃないかという御提案をいただけると、私たちとしてはほんとにきょう発表させていただいたかいがあるかなと思います。

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