速記録(井上高光)

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「生きる力を育てる『じゃれつき遊び』」

井上 高光 (さつき幼児園)

さつき幼児園で25年間続けてきた「じゃれつき遊び」という遊びの紹介をさせていただきます。「じゃれつき遊び」は、スキンシップと遊びがドッキングした遊びなので、心と体を同時に発達させることが可能です。最初に、その「じゃれつき遊び」の実際を映像でごらんいただきたいと思います。(ビデオ上映)

これは1月19日の幼児園開放──「ちびちゃん集まれ」に集まってきた、2、3歳児と、そのお母さんと一緒にやったスキンシップ遊び、「じゃれつき遊び」です。これで3回目だったと思いますので、初めての方から3回ぐらいやった方が一緒に来られています。私の両手の下に2人、子どもを押さえて、床の上を滑らせています。ある女の子が、私がつくったトンネルの下を潜ってきたんですね。こういうふうな遊びをすると、遊びを盛り上げます自分も楽しめますし、周りも楽しめる。このまま通してあげてもいいんですが、私は、上から押さえつけてあげたんですね。そうしますと、それを見たお母さん方も遊び心を刺激されて、こういうふうに折り重なった「じゃれつき遊び」らしい「じゃれつき遊び」に発展していくことになります。子どもたちは、興奮すると、こういうふうにしがみつきたくなるようですね。興奮して「じゃれつき遊び」らしくなってきました。転がるときに、一応、大事な頭を押さえて強打しないように工夫しながら遊んでいます。この日は25分ぐらいやりましたでしょうか。

「じゃれつき遊び」というのは、先ほど申しましたが、スキンシップと遊びがドッキングしたものです。ですから、心と体を同時に育てることが可能である。私たちは、「じゃれつき遊び」の定義を、室内遊びでスキンシップを含むすべてのものとしています。ですから、種類は無限にある。幼児の遊びで、これほど多種多様な動きを含む運動はほかにはないのではないかなと思っています。抱っこやおんぶ、追いかけっこ、抱き上げてほうり投げる、お相撲やプロレスごっこみたいなものから、じゃれ合うことまで、多種多様にあります。お手本は、子犬や子猫、動物園の猿山の猿たちがじゃれあっている姿だろうと思います。私たちは25年やっていますが、まだまだ彼らには及ばないなあと思っています。

「じゃれつき遊び」を発見したきっかけですが、当園では真冬でも冷水摩擦を毎日続けております。パンツ1枚で、冷たいタオルでこするわけですから、子どもたちが冷水摩擦をやりたがらない。嫌がって登園拒否する子どもまで出まして、対策として、体が冷えて洋服が脱げないのだから、体を温めるために暴れてみよう、と始まったのが「じゃれつき遊び」です。この「じゃれつき遊び」をした後、あれほど嫌がっていた冷水摩擦を喜々としてやり遂げてしまった。私たちは、どうなっているのかと、キツネにつままれたような感じになったんですが、そのときに子どもたちの目がぴかりと輝いたんです。これは、話題の前頭葉の活性化によると考えていますが、その1980年の「じゃれつき遊び」の最初にやったときの、そのような一連の様子が、「じゃれつき遊び」を理解する上で大きなヒントになりました。

1982年6月、7月に「じゃれつき遊び」を中止しました。。最初のころは1時間やっていまして、あのように遊びますので、梅雨どきが大敵です。じめじめして蒸し暑い。それから夏場ですね。先生方がダウンしまして、これは、本来は家庭の仕事だというので、もうやめようと。そうしましたら、園児の元気がなくなって、精神的に荒れてきて、ぼんやり、いらいら、けんかが増加してきた。その姿を見て、先生方は、しんどいけれども「じゃれつき遊び」をやるしかない、と再開して以来23年間、合わせて25年間、毎日30分ぐらい実施しています。

今月の2月3日、4日に年長児がお泊まり保育に行ったときのことです。夜、必ず「じゃれつき遊び」をしてから眠るのですが、どういうわけか、保育が長引けば長引くほど、子どもたちは興奮してくるんですね。ふだんは30分くらいですが、こういう遊びを1時間たってもやめない。この興奮度の強さが大事かなと思っています。すごく興奮するものですから、ほっぺが真っ赤になっています。

この「じゃれつき遊び」は、大脳前頭葉のアクセルの働きである興奮過程を強めますし、それだけではなくて、同時にブレーキ役の抑制過程も発達させることができる。興奮過程と抑制過程を発達させ、積み重ねていきますと、その興奮と抑制の切りかえが発達していきまして、切りかえのいい子どもたちが育ちつつあります。それは、見学される方が皆さん、高く評価してくださっているところです。「じゃれつき遊び」から片づけ、「じゃれつき遊び」から朝の集まりなんかに移るとき、非常に急速に興奮を静めて次の行動に移れる、切りかえのいい子どもたちが育っています。

それは、私どもの実感だけではなくて、毎年実施している大脳前頭葉の調査によっても証明されています。毎年、日体大で調査してくださっていますが、これは年長児のデータです。先ほどの興奮過程と抑制過程の切りかえのいいものを「活発型」と言っています。普通の幼稚園児ですと、「活発型」は20%ぐらいなんですが、20年間、平均すると大体40から50%の値を示しています。ちなみに大人は80%ぐらいが「活発型」だと言われています。

ご覧いただいているのは、「活発型」が1992年は60%ぐらいあったものが急速に減少、低下して、さつき幼児園にも一般に言われているような、いろんな問題性が急速に出てきたというデータです。そのときの様子は、今、お話しましたように、「活発型」がこのぐらいあったものが非常に減少してきた。そしてそれとともに、運動量が減少した。

1年間の全園児の歩数調査をしてみますと、1984年には1日の3歳、4歳、5歳児の平均歩数が1万4600歩もあったんです。私はこれらの経験から、幼児として目標とする運動量は1日1万5000歩と考えていますが、それから13年後にはかりましたら、1万1000歩まで大幅にダウンしていた。恐らくそれは、心の発達の活性化も衰えたことを意味しているのだろうと思っていますが、「じゃれつき遊び」も、初めのころは60分ぐらい継続できたのが、そのころは15分も続かなくなった。あるいは全く「じゃれつき遊び」らしさがなくなってしまったということがありました。

こういう問題が進行していく過程で、時代の影響、そしてさつき幼児園のよさが減少していったので、園児数も少なくなり集団全体の活力が低下していきました。1994年には年長男児が大けがをしてしまい、急速に保育が大胆さを失っていくことがありました。また遊びのリーダーである私が内的な問題を抱えて10年ぐらいは自分自身楽しく遊べなかったなあと思っています。そういうときの子どもたちの様子で印象深い風景が脳裏に刻まれています。朝、園児の登園風景を見ていますと、とぼとぼ歩いてきて、あいさつをしてもあいさつを返す子が少ない。まるで会社帰りのお父さんのようでした。このような情けない姿を二度と見たくないというのが私の強い願いです。

それで対策として緊急連絡会を開き、多い年は2度も3度も開催して、さつき幼児園の危機的な状況について、みんなで力を合わせて何とかしようと訴えたんですが、なかなか効果があらわれなかった。そこで最後の手段としてとったのが、先ほど示しましたような万歩計の力を借りることでした。現代っ子の問題は外遊びが減少したことによるというのが専門家の一致した判断でしたので、幼い子ほど体と心の動きは共通するので、万歩計をつけて運動刺激を与えて活発な活動を促そうと考えて、20周年記念の年でしたので、4カ月間、万歩計を子どもにつけたんですね。

つけますと、予想どおり、万歩計の数字を増加させるためにその場で足踏みしながらテレビを見ているとか、歩数が少ないから外で駆けっこをしようとかいうような様子をお母さんが報告してくださいました。そして、1997年7月に年長児の平均歩数が1万2400歩だったのが、どんどんどんどん運動量がふえまして、10月には平均1万4672歩、年長児の女児は1万5000歩を超えました。先ほどお話しいたしましたように、幼児の運動目標歩数である1万5000歩をオーバーしまして、万歩計の威力はすごいなあ、そして予想どおりだと思っていたのですけれども、ここから予想を超えることが起こりました。

予定どおり10月で万歩計の歩数調査を終えた途端、運動刺激がなくなって雲散霧消して、運動量はもとのもくあみ──最初の歩数調査を始める前の段階まで落ちてしまいました。そういう経験をしまして、行き詰まったのですが、この手痛い経験を通してこんなことを学習しました。すなわち、子どもの質的な問題は、外からの働きかけ、指示、命令によって動かされる受動的な姿勢では解決できないのだということです。ですから、どういう子どもを育てればいいかというと、みずから運動したくて仕方がないような、活力のある子どもたちです。そうでなければ根本的な解決には結びつかないだろうと。私も、子ども時代には母親によくこんなことを言われました。そんなに動いてばっかりいないで、少しは静かにしてなさいと。そういう小言を、耳にたこができるほど聞かされました。そのぐらい、子どもたちは能動的に活動していた。活力があった。そういう子どもに育てなければならないと思います。

そのときに、一つの解決法が見えてきました。さつき幼児園の生命線である「じゃれつき遊び」に注目しました。「じゃれつき遊び」の活力が失われると、「じゃれつき遊び」の時間も減少し、大脳前頭葉の「活発型」も減少する、園児の活力が失われると、運動量も減少するという相関関係が見えてきました。そして、先ほどご覧いただいたような、2000年からのV字回復が可能になりました。その理由ですが、こういうふうな後遺症のけがによる消極的な姿勢から積極的にということ、それから園を存続させたいという職員や保護者の願い、そして一番大きいのは「じゃれつき遊び」を本来の「じゃれつき遊び」の姿に回復させたことです。

この「じゃれつき遊び」につきましては、大人が加わると活発になることがわかっていましたので、お母さん方に月2回以上の「じゃれつき遊び」への参加を要請しました。現在も続けていますが、お母さん方が月2回の最低の義務を果たすだけですと、1クラス二、三人ということになりますが、今は、「じゃれつき遊び」の意義を感じて積極的に、毎日1クラス5人から10人ぐらいのお母さん方が参加してくださっていますし、お父さんたちも時々、参加してくださっています。その結果、「じゃれつき遊び」らしさが回復して30分ぐらいは十分「じゃれつき遊び」ができるようになって、運動量が増加して、「活発型」にも回復が見られ、先ほど話をしましたように、2000年からは30%から40%までになりました。

まとめです。そんなことで「活発型」が増加して、子どもの数が減少して保育園児が減少している中で、園児数も増加してきました。私は、活力があって、アットホームな、温かい家庭的な雰囲気の中で保育することで、子どもたちは安定し、内に秘められている諸能力が目覚め、発達して主体的に育とうとする力が引き出されると思います。そして、そういう、活力があって、アットホームな、温かい家庭的な雰囲気をつくるのに、私たちがやっている「じゃれつき遊び」が大きな力を発揮していると考えております。アットホームな感じとしては、こんなのが私はいいなと思っております。

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