速記録(後安美紀)

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「子どもが支援者として関わる学びの場のデザイン:MuuSociaの活動報告」

後安 美紀 (ATRネットワーク情報学研究所)

人間に助けてもらうロボットMuu

 MuuSocia というのは聞きなれない言葉だと思います。弱い立場の潜在力を生かしたコミュニケーションロボットMuu を用いた一連の活動のことを指しています。そしてそのコミュニケーションロボットMuu とはひとりでは何もできない存在、すなわち自分で動けなければだれかに動かしてもらえばいいというコンセプトのもとでつくられたロボットです。
 この写真にありますのがそのロボットMuu なんですけれども、形態、機能はローレンツの幼児図式をもとにつくられました。つまり、ウレタン素材でできているのですが、ふっくらとやわらかいほおをして、大きな丸い目がついている、しかもそれが顔の下の方についている、あと、ぎこちない動きがあるなどといったものが搭載されています。
 これは何を意味するかといいますと、今、世の中にあるロボットというのは人間の労働力のかわりとなって、人間を助ける立場のものが多いと思います。これはその反対で、人間に助けてもらうロボットをつくろうということになったわけです。つまり、人間にしてみれば、何かを助けることで自分の存在意義を確認できることで、ある意味で助けられる。ロボットからしてみれば、助けてもらうことで人間を助ける。究極にはそういった相互扶助の関係を構築することを目指しています。

 このロボットMuu を用いてさまざまな場所にフィールドワークに出かけています。今、3つほど出かけています。きょう中心にお話ししますのが子どものための博物館、そして自閉症児の通う養護学校や老人介護施設にも最近持っていくようになりました。
 子どものための博物館のデザインは、子どもからのアシストを引き出す場をつくろうとしています。私たちはこの、子どもからのアシストを引き出す場を「学びの場」と呼んで活動を行っています。その目的は子どもとロボットとで構成する最近接発達領域をつくることにあります。この最近接発達領域という言葉はロシアの発達心理学者ビゴツキーが100 年以上も前に提唱した古典的な概念です。子どもがひとりでできる領域があったとして、あるいはその外には子どもがどんなに頑張ってもできない領域があり、そしてその中間にひとりではできないけれども、だれかのアシストがあればできる領域がある。彼はこの領域のことを発達の可能性に最も近い領域だという意味でそういう言葉を使ってあらわしたのです。
 最近接発達領域を引き出すということは、もともとは大人がそうすることで子どもの発達を促しているという発想のもとでやられてきたんですけれども、最近では、ピア学習という、子どもと大人という非対称的な関係ではなくて同じ立場の子ども同士がお互いに最近接発達領域を重ね合わせて、教えながら学んでいくような、そういった学習の分野があるんですが、そこを見ていこうという流れもあります。本研究はその中に位置づけられると思っています。ロボットがひとりでできる領域以外にこのロボットもだれかに助けられて初めてできる領域があって、この2つを重ね合わせようということです。


研究課題

 目下の研究課題はいかにロボットと子どものインタラクションを続けるかということにあると思います。つまり、最近では学級崩壊に代表されますように、子ども同士、その関係自体を持つことができない。インタラクションを維持することができない。それでは困るので、ロボットとの間でも何とかインタラクションを持続させていこう、どうすればそういうことができるのかということを課題としてやっています。
 ビデオをご覧ください。これは、大阪にあるキッズプラザ大阪という子どものための参加体験型博物館でのフィールドワークの様子で、比較的よくインタラクションが持続されたシーンを集めたものです。
 (ビデオ上映)
 子どもとロボットと積み木が出てきます。そして、本研究ではピア学習の立場と違いましてロボットを用いたところに最大の意義があると思っています。といいますのも、ロボットは人間と違ってその振る舞いをこちらで、実験者側でダイレクトにコントロールすることができるからです。ダイレクトにコントロールすることで子どもの振る舞いを間接的に、しかし再現性のある形でコントロールすることができるという意味で重要だと思っています。
 その間に積み木を置いたのは経験的なものです。先行研究とか先行観察で積み木をなしにして子どもとロボットだけを置いた場合では、会話が全然成り立たなかった──すぐに会話が終わってしまったのですが、積み木を間に介すことで会話が成立するようになったというのが経験としてありますので、積み木を置きました。そこでのやりとりを、最近接発達領域といった発達心理学の視点から、そのやりとりの質的な様子をよく見るために会話分析を施すやり方で、分析をしています。


キッズプラザ大阪での研究実践

 キッズプラザ大阪は今まで2回行いました。去年の6月と10月ですけれども、チームごとに参加してもらいました。そのチームというのは基本的には家族単位です。子どもさんと親御さんがいれば......。親御さんも参加したい人は参加するし、後ろで見たい人は見るという、自由で、ある程度緩い統制でやってきました。
 6月は30チームの参加がありました。子どもはその中に42人で、保護者は27人含まれています。10月はちょっと増え、59チームの参加がありました。子どもは103 人で、保護者は44人です。オープンなところでやっていますので、年齢層はばらばらで、ゼロ歳から12歳までいます。基本的には五、六歳をピークになだらかな山ができるような形になっています。実験環境は、6月は暗いスタジオの外で陽光が当たる場所でやっています。10月はスタジオの中にちょっと大きなセットをつくりまして実験を行いました。
 ロボットMuu の行動について、言語行動は後ろに隠れた実験者が操作しています。150 個の発話リストの中から適切なものを選ぶようにしています。その発話カテゴリーは、「こんにちは」といった簡単なあいさつ、あとは「赤積んで」とか「もっと高くして」といった積み木に関するもの、そして子どもがやったことに対する評価、大きく分けてこの3つが入っています。
 非言語行動は2つに分けられます。一つはわずかにランダムに、前後左右に動く動きです。もう一つはあいさつに合わせてバイバイ、さようならという行動です。
 観察手順は、インタラクション場面にチーム単位で導入します。まず教示を与えます。「これはMuu ちゃんと言うんだけど」、名前はその前に聞いているのですが、「**ちゃんとお話ししながら積み木をつくっていってもらいたがってんの。だからいろいろと話しかけながらいっしょに積み木をつくっていってもらえるかな」と教示しました。そしてインタラクションを開始して制限時間5分で行いました。その様子は複数のビデオカメラで記録をとっています。その後、アンケート調査で年齢やその感想、あるいは生き物概念を調べるために「Muu は生きていると思う?」「Muu は動物だと思う?」というような質問項目を用意しました。

 結果は、基本的にはスタジオの中でやるのと外でやるのとでは保護者の方に影響がすごく出ていました。まずは保護者の同伴率に差が出てきました。6月(オープンスペース)は全体の80%が参加しましたが、10月(ちょっと閉じた空間)は保護者の参加率は40%でした。
 行動は、6月のほうが積極的に関わっていました。周りのアトラクションの音でうるさかったということもあり、大声でMuu に話しかけないと会話ができない状態だったからかもしれません。10月の保護者は比較的静かで、ささやき声でも聞こえるので、ささやくかのようにMuu に話しかけていました。それに引きずられて子どもの行動も変わってきました。保護者同伴のお子さんは、10月の方がちょっと静かでした。保護者無同伴の場合とそうでない場合を比べると、6月、10月関係なく、さまざまな反応でさまざまな子どもの世界をMuu との間でつくっていたと言えます。
 保護者同伴のインタラクション傾向、これは多くの場合は基本的に保護者の方はまずはMuu の行動を評価する。Muu がいると「かわいいね」とか「Muu 、すごいね」というふうにやる。あと、もう一つは保護者がよくしゃべるので子どもが余り入る間がないのですが、子どもに会話を強要する。大阪では、「Muu ちゃん、何歳か聞いてみい」というふうに聞き保護者に自分とMuu 、あるいは自分と子ども、この2者関係で会話をつくろうというふうなことが見られました。
 子どもの場合は、そういったお母さん、お父さんがいる場合は、多くの場合ノープランで、つまり積み木作品をどうつくろうかというプランなしに、「何歳? Muu ちゃん」とお母さんから言われたことを聞いたり、あるいはMuu のその場その場の要求に合わせてつくることが見られました。これはMuu のせいだけではないのですが、Muu の言葉をだれにも受けとめてもらえていないので、一方的に命令を出す形になっています。
 ところが、豊かで自然なコミュニケーションが見られた事例が、親御さんがいてもいなくてもありました。その中は大きく3パターンに分けられました。事例ごとにご紹介していきます。

 一つは6歳のAちゃんとお父さんの事例。Aちゃんは最初Muu ちゃんに話しかけることができなかった。でも、お父さんが、話しかけられなかった子どもに会話を強要するのではなく、自分が積み木作品をこういうふうに積むことで作品づくりにしないかといざないます。そういうことによって初めてこのAちゃんという女の子が自発的にMuu ちゃんに話しかけた言葉が、お父さんのつくったものを見て「どう、これ」と聞いたことなんです。そしてMuu ちゃんに話しかけて、Muu が「いっぱいあるわ」と答えます。そうすると「いっぱいあるわ、やて」というようにして会話が成立して、その後はいろいろとやりとりが始まることが見られました。
 ここに三項関係が成立します。先ほどの親と子が二項関係だとすると、保護者が親と子ども、あるいは親とMuu との間の関係だけを見て言おうとしたのに対して、ここでは子どもとロボットMuu が積み木を介してやりとりする。子どもとロボットMuu との関係が結ばれていたということです。これはある意味、驚くべきことで、ロボットMuu に対して子どもは心を持ったものとして扱うようになったと言えると思います。通常この場でよく起こる三項関係は、親と子どもが物としてのMuu ちゃんを見て、これ、どうだ、こうだと言うものなのですが、Muu の心みたいなものを一応認めた上でそういったことをやるわけです。
 もう一つは、これは典型的に援助行動が出た事例。7歳のB君はMuu の意向を聞きながら一つ一つ積み木をつくっていくという行動が出ていました。お父さんは後ろで見守っているのですが、一番ポイントとなってくるのは、そのMuu の「積んで積んで」というのに合わせて積んでいくと、ただ高くなり過ぎて倒れてしまう、どうしようという場面に限って、お父さんはうまく介入して、「じゃ、横に置こうか」というふうにして進むということです。そこでの最近接発達領域があるわけです。けれども、基本的にこれは子どもによる援助行動が常にあらわれた事例です。「それ、それ」とか、そういうことを言っているのです。
 もう一つは、シンクアラウドということ、とにかく思ったことを口に出すということを、認知科学ではしばしば意図的に用いられる方法なのですが、この11歳のC君は自分で自発的に行っていました。C君の場合はひとり言を言う癖があります。そのひとり言を言うことでMuu にいろいろ突っ込まれて、それによって自分の作品づくりの主題、プランといったものがどんどんどんどん構成されていく。だからここでは大人の助けがなくても自分で自分の何か思考を深めていくことができるということが観察されました。
 例えば「わからへん、わからへん、わからへん」とかと言っていると、Muu から「あんた、おもろいなあ」と言われて、「何か今、あんた、おもろいなあ言った?」とかと言って会話が進んでいく。そういう場面です。この後、この男の子は立派なロボットを積み木でつくっていくんですね。


考察

 子どもとロボットとのやりとりが続くのは、つまりインタラクションが維持されるのは、一つ目はMuu の行動を評価するのではなくてMuu に自分の作品を評価してもらおうという態度が見られたときです。そこで、このセッションでは、インタラクションがどんどん生まれてきました。二つ目はロボットが子どもを助けようとするときではなくて、子どもがロボットを助けようとするときです。三つ目は思考内容を声に出すことでロボットに会話のきっかけを提供するときです。
 これら3条件をチャンスレベルではなくてもう少し高い頻度で起こさせるような、コントロールしたインタラクション場面を構築する、デザインすることが今後の課題としてあります。そして応用としましては積み木を、例えば絵本にかえて子どもがMuu に絵本を読み聞かせてあげるということで、子どもが支援者の立場に立った言語学習プログラムができないであろうかということを考えています。
 子どもは、もちろん大人に絵本を読んでもらうことは大好きなのですが、その大好きな親から与えられた愛情というものをやっぱりほかの人、ほかの物にも与えるというのも多分、子どもにとって喜びだろうということで、そういうプログラムの開発ができないかなあと考えています。

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