「いじめを許さない」を校風に!

戻るチャイルド・サイエンス懸賞エッセイ<2007年度 受賞者>

 

渡邊千尋(財団職員)

要旨
 いじめ問題に生徒たちがたちあがり、主体的に取り組み始めた学校がある。この4月、生徒会長は新1年生を前に、「村岡中学校からいじめをなくしていけるのは、みなさんだと考えております。いじめを許さない校風を自分たちの手で作りあげ、学校の伝統にしていこうではありませんか」と訴えた。神奈川県内にある藤沢市立村岡中学校、全校生徒およそ580人の公立中学校である。
 無関心な傍観者をなくすことがいじめ問題への効果的なアプローチの一つだと言われているが、村岡中学校の取り組みは、学校全体にいじめを許さない気運をつくりあげ傍観者をなくしていこうという試みであり、いじめ問題にどこから手をつけてよいか分からない多くの学校にとって、何らかの手がかりを与えてくれるよい例ではないだろうか。
 村岡中学校は「いじめ防止プログラム」を通して、親や教師を始めとする周囲の大人たちが真剣に子どもたちに向き合えば、必ず変化が生まれることを証明したのではないだろうか。いじめ問題解決の鍵は学校や周囲の大人たちのやる気と決断にかかっているといえるだろう。

 

 いじめ問題に生徒たちが立ち上がり、主体的に取り組み始めた学校がある。この4月、生徒会長は新1年生を前に、「村岡中学校からいじめをなくしていけるのは、みなさんだと考えております。いじめを許さない校風を自分たちの手でつくりあげ、学校の伝統にしていこうではありませんか」と訴えた。神奈川県内にある藤沢市立村岡中学校、全校生徒およそ580人の公立中学校である。
 無関心な傍観者をなくすことがいじめ問題への効果的なアプローチの一つだと言われているが、村岡中学校の取り組みは、学校全体にいじめを許さない気運をつくりあげ傍観者をなくしていこうという試みであり、いじめ問題にどこから手をつけてよいか分からない多くの学校にとって、何らかの手がかりを与えてくれるよい例ではないだろうか。

 いじめをなくそうと生徒たちが立ち上がったきっかけは、去年12月、学校とEND VIOLENCEが行ったアンケートであった。いじめを見たことがあるかという質問に、生徒の9割があると答えたのにもかかわらず、その大半が、「止めたいけれど止められなかった」「自分は何もできなかった」と答え、いじめがあってもほとんどの生徒が見て見ぬ振りをしている実態が明らかになったのである。中には、「いじめられた時の気持ちは?」という質問に、「苦しい」「死にたいと思った」「悲しい」「怖い」「学校には行きたくない」「もう自分がいなくなればいいと思った」「自分だけ別の世界にいるような気がした」と答えた生徒たちもいたので、学校側も少なからずショックを受けたようである。

 危機感を抱いた生徒会は、自分たちに何かできないかと考えていた。そこで、生徒を中心とした「いじめ防止プログラム」を提案したところ、学校側の快諾が得られ、今年1月から6ヶ月に及ぶ長期プログラムが開始されることになったのである。正直なところ、風通しが悪いと言われる公立学校で、これだけ膨大なプログラムが受け入れられるとは思わなかったので、私たちにとっても大きな驚きであった。校長・教頭先生をはじめ、学年主任、生徒指導、生徒会担当の先生方、それに生徒会を交えて、何度も話し合いを重ね、現在までに、全校生徒と教員を対象にした講演会、全クラス4回のワークショップ、学年末の終業式での成果発表、全教員対象の研修が3回行われ、更に、有志の生徒たちを募ってのスクール・バディの活動が始まった。

 私たち、湘南DVサポートセンターは、1999年から、主に神奈川・東京を拠点としていじめ、虐待、ドメスティック・バイオレンス等の暴力の被害を受けた女性や子どもたちのカウンセリングやアドボケイト活動を行ってきた。このような経験の中から、思春期の子どもたちに対する暴力防止教育の必要性を痛感し、2005年2月に、END VIOLENCEというプロジェクトを立ち上げた。END VIOLENCEの特徴は、大学生をはじめとするユースリーダー(大学生を中心とした若い世代のリーダー)が積極的に参画している点だ。暴力の問題に長年取り組んできた専門家とユースリーダーが、10代の子どもたち向け「暴力防止プログラム」を開発し、ファシリテーターとして学校や地域に出向き、暴力防止活動(ワークショップ・野外体験活動・啓発等)に取り組んでいる。

 END VIOLENCEの「いじめ防止プログラム」は、自分を大切にし、自尊心をもって生きることが暴力防止につながることを生徒たちに伝えるプログラムである。暴力によらない問題解決方法、コミュニケ-ション方法を学びながら、生徒自身が暴力について考えられるように組み立てられている。このプログラムをクラス単位、学年単位で実施するのだが、私達のもっとも重要な役割は、単にプログラムを届けるのではなく、生徒の自主性を重んじ、彼らに内在する"力"を引き出すことにあるのではないかと考えている。いじめる子ども、いじめられる子ども、傍観者の子ども、どの子どもも自分の頭で考え、主体的に行動するようにならなければいじめはなくならないからだ。

 まず、4回のワークショップの第1回目では、何が暴力やいじめなのか定義をはっきりさせた後、被害者、加害者、傍観者の心理について話し合う。第2回目で、いじめの原因に迫り、いじめる側の行動の背後にある心理をグループで話し合い、そのイメージを絵や言葉に置き換え発表する。このとき、加害者の環境にも光を当てるのだが、この作業によって生徒たちは、加害行為は決して許してはいけないが、加害者を排除するだけでは何の問題の解決にもならないことを学んでいく。第3回目は、いじめを止められるのは自分自身でしかないことを知るワークだ。自分の気持ちや価値観を変えることによって、行動を変えることができると確信し自信を深めていく。そして最終回は、ノーといえる自分、アサーティブなコミュニケーションについてしっかり学んでいく。私たちは、このワークショップの中で、自分を大切にする気持ちや自尊心を身につけること、そしてアサーティブなコミュニケーションの大切さを伝え、全校生徒が、スクール・バディの活動をスムーズに受け入れられる下地をつくっていった。

 そして、ワークショップが終わってから2週間後の終了式、全校生徒の前で、各クラスごとに「いじめをなくすためのメッセージの発表」が行われた。期末試験や卒業式の準備があり、忙しい時期にもかかわらず本当にみなよく頑張ったと思う。ポスターや標語、漫画、劇、四字熟語など、様々な表現方法を考え工夫を凝らした発表に、しばし体育館は熱気に包まれた。
 2年5組は、「私達のクラスは、いじめをなくそうというキーワードで四字熟語をつくろうということになりました。『心』は、いじめをなくすには、よい心が必要だという意味が込められています。『認』は、いじめをなくすためには相手を認めることが大切だという意味が込められています。『信じる』という字は、相手のことを信じていればちゃんと思いは伝わるという意味が込められています。この四文字を組み合わせてできた文字が、『心認心信』です。いじめとは、相手を一方的に苦しめるだけのものであり、何もその先につながるものはありません。このいじめ防止プロジェクトをきっかけに村岡中学校から一つでもいじめがなくなればいいと思います。皆さんもこのことばを、いつも心の中に入れておいてください」と発表した。大きく書かれた『心』『認』『心』『信』という一文字、一文字をクラス全員で掲げて四字熟語を作ったとき、私たちが伝えたかったことが、生徒たちの心にしっかり伝わったことを実感したものである。

 こうして何ヶ月もかけ、全校生徒がいじめの問題に取組んだ後に、スクール・バディの募集は始まった。スクール・バディとは、生徒同士による支え合いのシステムである。バディになった生徒は、バディ・ルームにやってきた生徒の話を聞き、いじめを未然に防ぐためのさまざまな企画を考え、「いじめを絶対に許さない」校風をつくりあげていくのが主な役割だ。バディ・ルーム担当の先生3人とEND VIOLENCEのスタッフがアドバイザーとなり、バディの相談を受けながら活動を進めていく。
 スクール・バディの活動に参加したいと手を挙げた2、3年生は35人。 3ヶ月間(10回)に及ぶトレーニングを受け、この7月ようやく終了証とバディ・ルームという専用教室を手にしたところだ。
 今後の抱負を聞いたところ、 「これから仲間をどんどん増やして、いじめに対しノーといえる雰囲気をつくっていきたい」「校内放送でいじめの問題を取り上げたり、ポスター、コラージュ、漫画、劇などを作って文化祭で発表し、保護者や地域へも発信していこうと考えている」と、その意気込みを語ってくれた。9月から、1年生を対象にしたスクール・バディトレーニングが始まるが、1年生が加わればおそらく全校のほぼ1割近くがこの活動に参加することになるだろう。彼らの言うように、いじめを許さないという仲間が多数派になっていけば、間違いなく学校の雰囲気は変わっていく。

 生徒たち一人ひとりは、さまざまな思いを持ってこの活動に参加している。参加動機を聞いたところ、ある生徒は、「いままでクラスメートが孤立しているのを見ても何もできなかったけれど、仲間がいれば何か一言声をかけてあげることができるかもしれないからスクール・バディになりました。」と話してくれた。
 また、別の生徒は、「いじめられたことも、いじめたこともあります。でも、暴力がどれだけ人の心を傷つけるのか分かったから、いじめが起きないように、スクール・バディの活動に参加しました」と言っている。仲間はずれにされた経験をもつ生徒は、一時期、クラスメートから無視され悪口を言われ、相談できず辛い日々を過ごしたという。この生徒は、「平気だぞと言う顔はしていても、実は、心の中では結構きつかったですね。仲間はずれにされ、話してもくれないし遊ぶこともできないときは本当に辛かったです。だから、他の人よりは、いじめられている人の気持ちが分かると思う。いじめられている人が、自分の気持ちを打ちあけられるようなスクール・バディになりたいと思っています。皆が、心を打ちあけられ、笑えるような学校をつくっていきたいと思うから、バディに参加することにしました」と率直な気持ちを語ってくれた。

 このように、生徒の意識が変わるにつれ、徐々に学校全体の雰囲気も変わっていくものである。しかし、先生方が無関心であった場合、この雰囲気を長続きさせていくことは難しい。生徒のやる気を持続させていくためには、どうしても先生の継続的な働きかけが不可欠だからだ。その点、この学校は、毎回クラス担任の他、数人の先生方がメモを取りながらワークショップを見学し、とても熱心に取り組んでくれた。
 村岡中学校は、「いじめ防止プログラム」を通して、親や教師を始めとする周囲の大人たちが真剣に子どもたちに向き合えば、必ず変化が生まれることを証明したのではないだろうか。いじめ問題解決の鍵は学校や周囲の大人たちのやる気と決断にかかっているといえるだろう。

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