動物進化を追体験する子どもの遊び

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雛元昌弘(都市構造研究所研究員)

要旨
 子どもたちの木登り遊びのボランティアを行ったことをきっかけに、「子どもは木登りが好きなのは、かつて人が猿であったからではないか」と考えるようになりました。
 さらに、「いない いない ばあ」や「腹すり遊び」「泥遊び」「水遊び」などの考察から、子どもたちは幼児期から10歳頃までの間に、人類のDNAに残されている、魚類から両生類、は虫類、原始ほ乳類から猿、人への進化の過程を短期間に追体験しているのではないか、と考えるようになりました。
 人固有の「社会体験遊び」や「生活体験遊び」、「仕事体験遊び」、「技術・文化体験遊び」も重要ですが、同じように、子どもの肉体的・精神的な形成には、このような「動物遊び」も重要である、と考えます。

1.子どもはなぜ遊ぶか

 子どもたちの木登り遊びのボランティアを行ったことをきっかけに、なぜ、子どもは木登りが好きなのか、なぜ子どもは土遊びが好きなのか、などを考えるようになりました。
 「子どもはなぜ遊ぶか」の学説としては、「剰余エネルギー説」「気晴らし説」「本能説」「大人への準備説」「人類の進化の反復説」「般化説」「代償説」「浄化説」「精神分析説」「発達説」「学習説」などがあるようですが、1つ1つはなるほどと思うものの、私の体験とはぴったりこないものがあります。


2.動物進化の追体験説

 これらの説に対して、私の仮説は、「幼児期から小学校低学年児童期の子どもの遊びには、動物進化を追体験するものが多い」というものです。
 この仮説は、「子どもは木登りが好きなのは、かつて猿であったからではないか」という考察から始まり、そこからさらに発展して、人類のDNAに残されている、魚類から両生類、は虫類、原始ほ乳類から猿人への進化の過程を人は子どもの時に短期間に追体験しているのではないか、と考えるようになったものです。
 「人類進化の歴史の反復説」を、さらに両生類、は虫類、原始ほ乳類、猿にまで遡らせたものです。

動物進化をたどる子どもの遊び
タイプ 活動
1.サカナ型活動 (1)水遊び
2.カエル型活動 (1)泥遊び
3.トカゲ型活動 (1)腹すり遊び(はいはい、斜面滑り)
4.ネズミ型活動 (1)隠れんぼ
(2)砂遊び、穴掘り
(3)集める
(4)いない いない ばあ
5.サル型活動 (1)木に登る
(2)ぶら下がる
(3)とる
6.ヒト型活動 (1)追いかけ遊び
(2)舟遊び
(3)乗り物遊び
(4)ごっこ遊び
(5)集団ゲーム


3.子どもは木登りが好き

 乳児の頃から、子どもは大人の両手の親指を握って、ぶら下がろうとします。公園に幼児を連れていくと、最初にかけよる遊具は、ジャングルジム(複合遊具)や滑り台です。また、子どもは木の上の秘密基地や、ツリーハウスの物語が大好きです。
 私たちは、木登りやロープ渡り、ターザンロープ、ソフトツリーハウス、木の上の基地づくりなどで遊ぶボランティア活動を行っていますが、3~4歳児を対象にしたイベントでも、子どもたちは木登り遊びが大好きであることがわかりました。始めて体験する子どもたちも多いのですが、進んで挑戦し、繰り返し楽しんでいます。
 また、夕暮れの校庭で子どもが数人、ジャングルジムの上で話をしている姿を見かけることがあります。それが、まるで猿の群のように見えるのは、私だけではないのではないでしょうか。
 このような子どもの行動を見ると、人はかって、猿であった時の記憶をたどっているとしか思えません。生まれて初めて体験するのではなく、何らかの体験の記憶に導かれているように思えるのです。
 木の上が安全であり、果物や花など、食物も豊富な別天地であったころからが、原始ほ乳類は猿へと進化したといわれていますが、その幸福な時代の記憶は、人になっても受け継がれているようです。


4.「いない いない ばあ」の記憶

 赤ちゃんから幼児まで、子どもは「いない いない ばあ」が好きです。
 猿が樹上で生活していた時には、視界はほとんどいつも開けており、「いない いない ばあ」を体験することはありません。
 しかし、原始ほ乳類の頃に、彼らが穴暮らしをしていた時には違います。安全な暗い穴に潜んでいて、両親が食料を運んでくるのを待っている原始ほ乳類の子どもにとって、親はいきなり「いない いない ばあ」状態で現れます。それは、子どもにとっては、すごくうれしいことと思います。
 子どもが土管の中や机の下、押入などの狭い空間が大好きであることや、飽きもせずに穴をせっせと掘ったり、「かくれんぼ」遊びが大好きなのも、恐らく、同じような原始ほ乳類の経験の追体験と思います。


5.人はなぜ空を飛びたいか?

 ライト兄弟が飛行機で空を飛びたいと思ったのはなぜでしょうか?孫悟空や空飛ぶじゅうたん、ピーターパンや不思議の国のアリス、トトロや魔女の宅急便、ハリー・ポッターなど、世界中の子ども達は空を飛ぶ物語が大好きです。
 人や猿、原始ほ乳類の記憶からは、この不思議な感覚はたどれません。
 「ああ、人は昔々、鳥だったのかも知れないね。こんなにも、こんなにも、空が恋しい」という中島みゆきさんの歌がありましたが、鳥を「空を飛ぶは虫類」に置き換えてみると、詩人の直感は正しいのではないでしょうか?


6.ハイハイ遊びの記憶

 乳児は、腹をすりながら「はいはい」で移動します。そして、幼児になっても腹すりの遊び(砂場や滑り台、ウォーター・スライダーなど)が大好きです。これは、両生類とは虫類の記憶と考えられます。いきなり四つ足で立ち上がるほ乳類とは明らかに違うタイプの遊びです。は虫類や両生類の記憶が残っていることを感じさせます。


7.泥遊びが大好き

 子どもは、砂遊びやどろんこ遊びが大好きです。水辺に連れていくと、親が制止しない限り、水に足を入れ、泥を手ですくうようなことを始めてしまいます。
 なぜ、ぬるぬる、ぐちゃぐちゃの汚い泥遊びが大好きなのか、それは、人の祖先が水際で暮らしていた、両生類(カエルの先祖)の時代の記憶をたどっているのではないでしょうか?
 鹿島市の「ガタリンピック」では、大人が干潟の泥でレースをして遊んでいますが、ゲームを競うというよりは、泥だらけの皮膚感覚を楽しんでいるように思えます。これは、人類以前の記憶としか考えられません。


8.魚のように

 私自身の体験から、幼児に泳ぎの楽しさを教えるためには、水中メガネとシュノーケルと浮き輪を与えて、海や川に浮かべるのが一番、と考えています。私の次男は、1~2歳の頃から、水中メガネとシュノーケルと浮き輪をつけてあげると、海面をどんどん沖に向かったり、器用に回転したり、水中を覗いて遊んでいました。浮力と息継ぎと水中の視界確保、の3つの助けがあれば、幼児でも水に浮かんで遊べます。
 以前、テレビで、乳児にプールで泳ぎを教える不思議な映像を目にしたことがありますが、水中を赤ん坊が泳ぐ姿は、もともと母親の羊水の中で育った子どもには、水を楽しむ魚類の時代の記憶が残っていることを想像させます。


9.進化の歴史をたどる

 人のDNAのうちの95%は人の遺伝子としては使われておらず、残りの部分に、生命誕生からの進化の情報が全て書き込まれている、と言われています。
 また、人は母親の胎内でわずか10か月のうちに、魚から両生類、は虫類、ほ乳類の形態変化をたどっているということです。
 そう考えると、人は知らず知らずのうちに、動物が進化してきた人以前の生物の古い成長の歴史を刻んだDNAに導かれて、遊びでその跡をたどってきている可能性が十分にあります。
 なぜ、木登りがしたいのか、なぜ、砂遊びや泥遊びをしたいのか、なぜ空を飛びたいのか、なぜ海が好きなのか、人の進化のDNAからだけでは、説明しきれません。


10.人固有の遊び

 一方、人固有の遊びもたくさんあります。「おしゃべり」や「歌遊び」、「ごっこ遊び(ファンタジー、集団の役割分担)」や「ゲーム」、「火遊び」や「ままごと遊び」、「舟遊び」や「車遊び」、「玩具遊び」「道具遊び」「創作活動」「お絵描き」「楽器演奏」、「飼育や栽培」などは、動物にはない人固有のものと思います。
 子どもにとっては、これらの、人固有の「社会体験遊び」や「生活体験遊び」、「仕事体験遊び」、「技術・文化体験遊び」も重要です。同じように、幼児期や小学生低学年児童期の肉体的・精神的な形成には、「動物遊び」も重要なように思います。
 木登りや泥遊び、水遊びなどは決して低級な遊びではなく、人の発達にとってより根源的な遊びではないでしょうか?
 その機会を無くしても、何の問題もないことが検証されない限り、「動物進化の追体験」を行う遊びの機会を、おとな達は整えるべきであると考えます。

 

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