わたしの考える子ども学~プレイと学び

戻る学会設立記念懸賞論文<2003年11月実施>受賞者

 

安藤知華(スタンフォード大学 Persuasive Technology Lab & PBL Lab, MA in Education,
Learning Design and Technology)

要旨
 「学びとは何か」「私たちはどんな風に学んでいるのか」ということに興味をもつ筆者は、人は如何に学び始めるのかという疑問をもち、遊び-プレイ-を通しての学びに関するliterature reviewを行いました。
 プレイを通して人は考える筋肉を鍛えています。また誰もが体験を通してプレイの楽しさというものを知っています。こうした姿勢をもった人々の間に素敵な学びあいが起こることを望みます。

1.はじめに 「子どもは生物学的存在として生まれ、社会的存在として育つ」

 "社会的存在として育つ"プロセスで子どもは学ぶ。子ども自身が"学び"を意識する前から、保育者との関わり、また"プレイ"を通して学び始める。本論文では発達と"プレイ"に着目し、まず発達科学におけるプレイリサーチの概要について述べる。次に、社会的発達に注目したヴィゴツキーの"発達の最近接領域"理論に触れ、子どもと保育者の協調的な学びの場の組立てについて述べる。最後に、個々の子どもが育つ環境をひとつの文化としてとらえるフレームワークを紹介する。


2.プレイと学び

 近年、子どもの遊びとその発達への役割に対する注目は、心理学、教育学、人類学、社会学など学際的に高まりつつある(Nicolopoulou, 1999)。また我々はみな"プレイ"が何であるか、体験を通して知っている(Smith, 1997)。また、言語と同様、"プレイは"文化を超えて全人類に共通するものでもある(Smith, 1997)。

 "プレイ"という単語自体、あいまいさを伴っている(Sutton-Smith, 1997)。子どもの遊びに限らず、スポーツ、演劇など様々なケースに使われプレイ研究の対象も広い。スミスは修辞的に"プレイ"を7つに分類した際、子どもと動物の成長・順応過程における"プレイ"を発達と表現した(Sutton-Smith, 1997)。一般的に発達科学系の論文で議論される"プレイ"は、順応のひとつのかたち、もしくは発達の効果が得られるものとされ、心、体、創造力、社会性などにおいて動作の複雑さが増す様子を捉えることに関心が集まっていた(Sutton-Smith, 1997)。しかし、この修辞的な解決は大人の要求に応えたものに過ぎない。子どもが遊んでいる最中には計り知れない発達が起こっており、遊びと学びを完全に切り離して解釈することは難しい(Sutton-Smith, 1997)。

 プレイと認知発達研究における代表的な2つの理論は、ピアジェとヴィゴツキーによるものである。

 1970年代のプレイの心理学的な研究は、認知発達のプロセスに注目したピアジェに代表される。彼は子どものプレイを反復・記号や言葉・ルールなどの使用に着目し7年間に渡る子どものプレイを通しての発達について記した(Nicolopoulou, 1999)。ピアジェはプレイにおける発達を純粋に個人のプロセスとして捉え、グループでのプレイの中での個人の振舞いについてまとめた(Nicolopoulou, 1999)。ピアジェの認知発達とプレイ研究は主にラボでの観察に基づいており、プレイをひとりの子どもの行動の傾向、認知の発達過程として捉えた傾向が強い。故にプレイと外からの心理作用-問題解決、言語の発達、社会的認知-の観点からの探求の余地を残している(Nicolopoulou, 1999)。

 一方、ピアジェのアプローチを補ったといえるヴィゴツキーは、プレイを常に社交的な営みとみなした(Nicolopoulou, 1999)。ヴィゴツキーのプレイ研究では、子どもたちが周辺にある社会文化的要素を理解するテーマやエピソードに出会うケースが扱われている。彼は社会文化的な認知発達に注目し、言葉のやりとり・コミュニケーション、文化・生活の中にある道具を通して子どもが学び、発達することを明らかにしようとした(Nicolopoulou, 1999)。しかし、Nicolopoulouはヴィゴツキーは文化の伝播の場面での社交的なやりとりに重点をおいたため、文化的要素について更に着目する必要があると述べている(1999)。

 上記を踏まえて、文化に影響された子どものプレイと発達の今後の研究領域としてNicolopoulouは以下のテーマを挙げている。子どものプレイにおける認知と感情、心理的側面の複雑な相互作用、遊び方にみられる文化的特徴と引き込み、そして子どもの発達に影響を与え社会的な帰属意識の形成を育む遊びへの参加の方法の3つである(1999)。

 またスミスも、既存のプレイ研究についていくつかの懐疑的な見方を述べている。子どもは年齢と共に複雑なゲームの遊び方と同時にコミュニケーションスキルを身につけ、会話自体がより複雑になっていく。しかし、プレイの発達が年齢を重ねるにつれてみられる他の発達に相乗効果をもたらすことを示すには因果関係が不足している(1997)。

 ヴィゴツキーは「プレイは子どもの世界を広げる機会をもたらす」と述べ、とりわけ就学前の子どものプレイの認知発達への効果はその後の学びの原型を作る上で重要であることを指摘している。また、幼い時期のプレイは発達の源と場(zone)をもたらすことを主張し、発達の最近接領域(Zone of Proximal Development)理論を作った。以下の章で、この発達の領域が子どもと周りにいる大人たちにより如何に形作られるか述べる。


3.子どもの学びの場の組立て

 子どもの学びは我々が考えているよりもずっと早い時期に、また学びの場にいる当事者たちが意識しないうちに始まる。保育者は協調的にやりとりをすることで子どもを基本的な発達の場に導いている(Tharp & Gallimore,1988)。ここでのやりとりが後に子どもが主体的に認知やコミュニケーションする前兆といえる(Tharp & Gallimore,1988)。

 子どもと保育者のやりとりが子どもの学びの場を形作る中心的な要素であり、子どもの認知活動においては子どもと保護者の双方が重要な役割を担う。ログオフは、大人が子どもの発達に即した課題を与える法として「達成すべき問題を決めたら、目標とそこへの道のりを子どもが扱える程度の小目標に分解して与える」ことを薦めている(1994)。つまり、大人にはその子どもに応じた発達の最近接領域(zone of proximal development)を仕立てる責任があるということである。

 子どもの発達段階をその子どもが一人で解ける問題の難しさを尺度として示すやり方もあるが、現在到達している発達段階の一歩先にある「他者の助けを借りて解ける問題」のレベルで見せることもできる(Tharp & Gallimore,1988)。つまり「一人で出来ることと、助けを借りて出来ること、その2つの課題に要求される能力の差」がその子どもの「発達の最近接領域」である(Tharp & Gallimore, 1988)。

 保育者が学びの場を仕立てる一方で、子どもは自分の責任範囲・関わりの度合を主体的に決めようとする。一歳未満の赤ん坊でさえ自分の仕事、活動を選択しようとする(Rogoff, 1994)。自分で玩具を選択し手に取る行動はその例である。子どもは積極的に自分の学び、発達の機会に参加している。保育者は子どもが自分で意思決定を望むときに手を差し出すことを避けることを心に留めておく必要があり、ログオフはこれを保育者にとって最も難しい課題のひとつであると述べている(1994)。

 ログオフはさらに、子どもの発達目標、その子どもの学ぶべきこと、学び方は文化により異なることを述べた(1994)。次の章では、子どもの発達環境をひとつの文化とみなして分析するひとつのフレームワークを紹介する。


4.学びの場の文化的枠組み - developmental niche -

 個々の子どもが成長する環境を形成する文化に重点をおいたリサーチは、長年、発達心理学の分野で見られなかった(Lancy, 1996)。この章では個人の環境における文化の直接的な影響を明らかにする"developmental niche"(Super and Harkness, 1999)フレームワークについて述べる。

 "developmental niche"の基本は、子どもが属している場の文化を明瞭にしそれぞれ特色をもちつつも互いに補いあう3つの異なる概念から成る。第一に日常生活・身の回りにある道具、二番目に毎日の習慣、そして三番目に保育者の文化的な背景や信条、保育哲学に影響を与える心理的側面がそれぞれのサブシステムを支えている。スーパーとハークネスは、理論的枠組みとして"developmental niche"を示した上で、この3つを統合的に考察することを薦めている(Super & Harkness, 1999)。

 "developmental niche"を3つのサブシステムに分解して述べる。最初に、「子どもの日常生活を形成する道具や社会的環境」は、子どもの環境を形成する道具や人により代表される。次に「文化的に影響された保育の習慣」は、意識的もしくは無意識のうちになされている日常の習慣のことをいう。最後に「保育者の心理学」とは、親の子育てにおける哲学や保育者の心理的な志向のことである(Super & Harkness, 1999)。

 例えば、子どもとメディア環境について明らかにしたいとする。1つめのサブシステム「日常生活の道具と社会的環境」を明らかにするには家庭内にあるテレビやコンピュータ等の電子機器がどこに何台あるかを調べる。次に「文化的に影響された保育の習慣」という観点からは日常の習慣に着目するので、毎日の生活習慣、両親のテレビをみる習慣などが関連する。最後に「保育者の心理学」には親の信念が影響を与える。保育者がテレビを見せることを望まない場合、テレビを見る機会の少ない発育環境が形作られるだろう。


5.終わりに - 学びのツールとしての"プレイ"

 "プレイ"は、重要な学びの機会を提供する。動物も遊ぶ。生き残るために学ぶ必要がある動物ほど遊ぶ必要がある(Ackerman, 1999)。遊ぶことは必ずしも必要ではないと思う人もいるかもしれない。しかし、"プレイ"は進化の基礎でもある(Ackerman, 1999)。

 本論文の最初に筆者は「子どもは育つ」と述べた。しかし、「子どもは学ぶ」と訂正したい。「育つ」とは大人から見た表現である。子ども学の中心に子どもを据えるならば「学ぶ」という表現が相応しい。私も学習者の視点から「子ども学」に取り組み、自分の「学び」を楽しみたいと思う。



Bibliography

Ackerman, D. (1999), Deep Play, New York: Random House

Bronfenbrenner, U.& Evans, G. W. (2000): Developmental science in the 21st century: Emerging theoretical models, research designs, and empirical findings. Social Development. 9, 1. 115-125.

Lancy, D. F. (1996), Playing on the Mother-Ground: Cultural Routines for Children's Development, New York: Guilford Press

Nicolopoulou, A. (1998). Play, cognitive development, and the social world: Piaget, Vygotsky, and beyond. In Peter Lloyd and Charles Fernyhough (Eds). Lev Vygotsky: Critical assessments. New York: Routledge.

Rogoff, B. (1994). Structuring situations and transferring responsibility. Apprenticeship in thinking

Rogoff, B. (1994). Cultural similarities and variations in guided participation. Apprenticeship in thinkings

Super, C. M., & Harkness, S. (1999). The environment as culture in developmental research. The environment as culture (pp. 279-323)

Sutton-Smith, B. (1997), The Ambiguity of Play, London: Harvard University Press

Tharp, R.G. & Gallimore, R. (1988), Rousing minds to life: Teaching, learning, and schooling in social context, Cambridge: Cambridge University Press

 

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